8.警戒

 翌日の放課後、どちら側から言い出すでもなく、俺と明原さんは普通に屋上で待ち合わせていた。お互いに昨日出くわしたことを報告する。俺の話に明原さんは露骨に怪訝そうな表情を浮かべ、明原さんの話に俺はなんとなくほっとした。

 とりあえず、咲良と宮月のことについては心配はいらないらしい。本人たちももちろん気にはなるが、身内がああいうことになって、家族はどんな思いなのかと思ったが、ショックが大きすぎないなら、それはいいことなんだろう。

 となると、問題なのは俺の話に出てきた不審な男だった。そのあたりを伝えると、明原さんも同意してくれた。



 黒いワゴン、黒基調の服。訊いた話からして、大人でそれなりに金は持っている――それなのに、平日の、昼間と夕方の境目の時間に、なんであの男はあんなところにいたんだろう。そのあたりを突っ込んだら、答えてもらえなかった上に、話を打ち切られた。

 不審だった。思い出しただけで、どこからどう見ても不審だった。が、不審なだけで、今の段階では追及のしようがない。男の行動に関して、まだ情報が足りてない。

 男とのやりとりの後、細川の家に行ったら、本人には会えなかったものの、俺がそこに行く直前に嫌がらせがあったということを母親から聞くことができた。そのことも関係ないことはないだろうが、不審な男とはつなげられない。

 結局、昨日の話だけだとまだ動けない。もう少し、少なくとも今日はまだ様子を見たほうがいいのかもしれない――それでも、本当は学校に来なかった人間の見舞いだけで済ますつもりだったのが、今はそれより先に踏み出そうとしていることに気づく。



「……もっかい、その、細川って子のとこ行くか、今日?」

 明原さんがそう言い出した。そのほうがいいだろう、と俺は素直に頷いた。

「明原さんにも来てもらいたいんスけど、今日は」

 俺がそう言うと、今度は明原さんが頷いた。とりあえず何かあったときのために、人手は多いほうがいい。



 今日の放課後の話はそんな風にまとまって、俺たちは動き始めた。

 校門出てから、片道実に15分。昨日もそれだけの時間歩き続けて疲れたなんて思った覚えがあったが、今日も疲労感を覚えた。2日連続なせいか、昨日より足が重く感じる。後ろでは明原さんが、微妙に不満そうな表情でぶつぶつと何か呟いている。この人にとっても15分の道のりは疲れるものらしい。
 それでも途中で足を止めず、きっかり15分で例のマンションの入り口付近に着いた。その時点では、昨日の黒ワゴンは目に付かなかった。今日は来ていないのか、それとも駐車場所を変えただけでどっかにあったりするのか、後者だったら質が悪いかもしれない。

「えっと、明原さん」
「なんだ?」

「俺、家のほう行ってきます。明原さんはちょっとこのへん調べてくれませんか。えっと……ナンバーは控えてますんで、そのナンバーつけた黒いワゴンがどっかにないか、探してほしいんス」

 言いながら、俺は鞄からナンバーのメモを引っ張り出して、明原さんに渡した。わかった、という短い返事を聞き届けると、俺は頷きを返してから、マンションのエレベーターに向かっていった。

******

 早足で歩いていった旗村の背中を見送ってから、軽く息をついた。

 メモに書かれたナンバーを示す、黒いワゴン。言葉だけ聞いても、結構際立ってるなぁと思う。つうか、旗村に聞いた話といい、そいつはなんでそんなに黒が好きなのか。今の時期にそんなこと考えたら、それだけで暑くて死にそうだ。

 とりあえずここはマンションなので、駐車場もあるし、車はたくさんある。しかし与えられた情報からすでに特徴が細かいので、今のところ目に映るそのたくさんの車は、全部除外できる。大半が白、時々銀色だったりする普通の乗用車だからだ。またその中にワゴンも混じっていないことはなかったが、それも白だったり銀色だったりで、見た瞬間からああこれは違うと思えた。

 とりあえずこの近辺に黒いワゴンは無いようで。かといって、学校からここまで来る道中にもそれらしいものを見た覚えはなかった――あったら旗村が気づいていただろうに、そういった様子はなかった。



 さて、どこまで探しに行けばいいのやらと思いつつ、とりあえず俺は道路側に振り返った。反対側の歩道や、左右どこまでも伸びる車道を適当に眺める。目の前を猛スピードで車が通り過ぎていく。タイミングさえ間違えなければ普通に歩いて反対歩道に行けるんじゃないかと思うほど、その車道は車の通りが少ない。だからこそ、たまに通る車も前後を気にしないで済むから、余裕を持ってアクセルを踏み込めるんだろうかと、そんなことをぼんやりと思う。






 と、ふと考えた。マンションの駐車場は、使っていいのは住人だけで、それ以外の人間が利用するのは駄目なんじゃなかったっけか。となると、目的の黒ワゴンはこんなところじゃなくて、道路の脇に止まってんじゃないのか、と。旗村はそれを言っていなかった。言い忘れたのか、そうじゃないのかは今更確認の取りようがない――とりあえず今のところは仮定の上で、駐車場を散策範囲から外すことにして、俺は改めて道路を眺めた。

 俺と旗村がこのマンションに来たのは、道路の左側からだ。そして、道中に目的のワゴンを見た覚えは無かった。ということは、あるとすればこの道路の右側をさらに歩いた先かもしれない――根拠なんて無いどころか、言うなりゃただの勘だが、一旦絞ったほうが集中して探しやすいだろう。

 そんな風に考えをまとめてから、俺は道路の右側に足を向け、歩き出した。とりあえず、感覚として10分。10分ほど、この道をまっすぐ歩いてみよう。それまでに黒ワゴンが見つからなかったら、今日それは来ていないんだということにしよう。

 とはいえ実際に歩き出してしばらくは、たまに車とすれ違ったり後ろから追い越されたりする程度で、何も無い。その「しばらく」が時間的にどれくらいなのか、10分なのか5分なのか、あるいは5分も経っちゃいないのか。とにかく、退屈さえ覚える中、それでも視界に映る範囲の中をくまなく探しながら、俺は歩き続けた。



 しかしそんな退屈さも、途中で吹っ飛ぶことになった――退屈なままで終わったほうがよかったってのに、吹っ飛んだ後には気分の悪い思いを迎えることになった。



 黒いワゴンが、俺のいる歩道に寄せられるようにして駐車されていた。まずそれを凝視して、それから近づいてナンバープレートを見て、メモと比べてみたら、同じだった。

 時間の確認はできないが、結構歩いた感じがする。10分は経っただろうか、経ってないだろうか――ワゴンを見た瞬間に時間感覚も吹っ飛んじまって、ここがマンションからどれだけ離れてるのかもわからなかった。

 動揺気味に弾む心の中をどうにか落ち着かせようと息を整えて、それからどうしたもんかと考える。黒ワゴンの所有者は今のところいないわけで――だとするとマンションのほうにいるのかもしれない。

 一応、所有者が戻ってくるのを見張るという選択肢もあったが、向こうで何かが起きている真っ最中かもしれない。そんなときに俺だけ何もしないでこんなところで待っていると思うと、かえって落ち着かない。



 結局、来た道をそのまま戻ることにした。学校からこの場所まで歩き続けて、足のほうにはすでに結構疲労感があったが、それでも今は止まれない。



 何も起こっていないといいんだが、そんなことを願いにも似た感じで思いつつ、俺は早足で歩いた。

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