4.襲撃

 今日はまだ、彼女は姿を見せない。
 時間はもう放課後になっている。校門からぞろぞろと学生が出てくる様子が、それを証明している。
 その中の女子学生を1人1人、逃さないようにチェックする。が、高校生の人ごみの中に、彼女の姿は無かった。

 今日は土曜日。仕事は休みだから、たっぷりと時間がある。朝からいろいろと準備をして、車を走らせて。そして今、下校時刻の30分ほど前から僕はここに張っている。そういえば、張り始めはほとんど人気がなかったのが、今は嘘のように思える。それくらい、今のこの辺りは学生でごった返していた。

 ただ、それでもその中に彼女の姿は見当たらなかった。

 まあ、人ごみの中にいないなら、それはそれで構わない。彼女には、人ごみの中に埋もれていてほしくないから。

 結局、僕のやることは単純なものだ。彼女が現れるまで、この校門前で張り続けているだけ。機会があれば、ぜひとも僕の家に招待したいとか、とりとめもないことを思いながら、ただ待っていればいいだけ。



 時間が過ぎるうち、やがて再び校門周辺は人気がなくなっていった。それでも彼女の姿は見当たらず。見逃したのか――そんなことはない。女子高生のほうは全員チェックしたが、それでも彼女はいなかった。ということはまだ学校に残っているはずだ。部活動でもやっているんだろうか。それとも何か別の用事でもあるのだろうか。いずれにせよ、彼女はまだ学校から出てこない。何が楽しいのか知らないけれど――学校なんて、何が楽しいんだい? 君が誰かにいじめられていやしないかと、僕は心配だ。

 と、物思いにふけり始めたところで、ようやく彼女が出てきた――その光景に目を疑った。



 彼女の横に、学生が2人いた。しかも、うち1人は男だった。
 2人は彼女を気遣うような素振りを見せているが、彼女のほうはかえって息苦しそうだった。

 誰だ、お前ら。彼女に気安く近づいて、何をやっている。
 目障りな。不潔な。お前らごときが、彼女の友達気取りだというのか。

 排除してやる。排除しなければ。彼女を守らなければ。

 そして、もう黙ってはいられない。
 彼女を、他の誰の手も届かないところへ。
 僕と君だけが許された場所へと、導かねばならない。



 助けてあげるから、待っていて。

******

 今日も今日とて、僕らは細川を家まで送っていく。

 時々車が通ったり、人とすれ違ったりするけれど、基本的には僕と宮月と細川の3人以外誰もいない道を、ゆっくりと、細川の歩調に合わせて歩いていく。

 本当ならもっと時間的に早いほうが、僕らみたいに家に帰るやつらが多いから、安全なんじゃないかと思った。けれど、細川は人ごみが駄目で、人気が少なくなってからでないと気持ち悪くなるらしい。ひとりでいること、周りに人がいないことの危険性よりも、周りに人がいることからの恐怖感のほうが、今の細川にはつらいものらしい。

 できることなら、彼女を苦しませたくはなくて。代わりに、危険度の高いほうを選択することになる。だからこそ、彼女のことは僕が守らなきゃならない。

 ただ、それはかなり神経を使うことだった。細川を家に送る間、周りのものが信用ならなくなってくるような。疑心暗鬼にでもなりそうな。いつ何が起こるかわからなくて、その何かをずっと待ち構えていなきゃならないような。

 それでも、疲れたなんて言っていられないけれど。そんなことよりも、細川が苦しいほうが何倍も嫌だから。

 僕は、できるだけ周囲を見張りつつ歩いている。一方、宮月は細川を気遣うように声をかけながら、彼女に歩調を合わせて歩いている。



 とは言うものの、実際問題、このあたりで警戒するほどの事件が起こったという話は聞いたことがなくて。ニュースでは毎日どこかで空き巣とか殺人事件とかが起きているって伝えられるのに、どうして僕の身の回りじゃ何も起きないんだろうと、ごくたまに疑問に思うことがあったりするほどで――そんな感覚だからなのか、警戒心が今ひとつ引き締まらなくて。
 それが油断に繋がったのかどうなのか。



 普通に警戒を続けるつもりでふと後ろに顔を向けた時、両手を後ろに大きく振りかぶった男の姿が、視界の真正面いっぱいにあって――






 鈍く強烈な衝撃を、上から叩きつけられた。

******

 いきなり横からひどく鈍い音がした。
 その音にはっとして振り向くと、後ろに崩れるように倒れていく漂くんの姿と、追うように金属バットを振りかぶる、ヘルメットで顔を隠した誰かの姿が、あたしの目に映った。

「漂くんっ!?」

 たまらず叫びながらも、あたしは彼に駆け寄るより先に、ヘルメットのほうを制止しようと動いていた。そいつが、倒れた漂くんになおも殴りかかろうとしているのが見えたから。
 そいつの正面に立ちふさがって、とにかく漂くんから遠ざけようとする。手を伸ばして相手の手首を掴もうとしながら、体全体で相手を後ろに押そうとした――



「うあっ!?」



 転ばされたのはあたしのほうだった。押そうとしたら逆に圧倒的な力で押し返され、あたしは地面に尻餅をついて――はっと顔を上げたら、相手があたしに向かってバットを振りかぶる姿が映った。

「痛ッ!!」

 バットを叩きつけられ、両腕を通して強い痛みが伝わった――とっさに両腕でガードできたから、直接頭を殴られずには済んでいる――と思うそばから、あたしの体に次々と痛みが降ってきた。

 痛い。ヤバイ。考えてる余裕がない。あたしはせめて頭を殴られないようにと、地面に転がって丸くなっているしかなかった。ぎゅっと目をつぶってしまっているから、周りも全然見えない。ただ、ごつごつとあたしが殴られる音しか、あたしの耳には届かない。

 けれど、なぜかそれは突然止んで。それでもあたしはしばらく体勢を解けなくて、目も開けられなくて。体中が痛いのをこらえるような、それでいて相手の追撃を待ち構えるような心でいて。



「いやあっ!!」



 空気が切り裂かれるような悲鳴が、届いた。はっとして目を開いて、体が動かないながらも声のしたほうになんとか目を向けると――あたしと漂くんを殴ったヘルメットが、阿由ちゃんの体を無理矢理抱きかかえ、どこかに引きずろうとしていた。

「離しなさいよっ!!」

 あたしは叫んでいた。叫んだ瞬間、びりびりっと体中に痛みが走った。それでも目の前の光景を放っておけなくて、でもあたしは叫びかかることしかできなかった。

 ヘルメットが少しだけこっちを向いたような気がしたけれど、阿由ちゃんを捕まえている手は離れなかった。阿由ちゃんも必死に抵抗しているけれど、ヘルメットのほうが力が強くて、完全に抑えつけられてしまっている。
 叫びも、抵抗も、何もかもが無視されて。阿由ちゃんがずりずりと引きずられていくのを、あたしは見ていることしかできなかった。



 目が熱くなって、ぐにゃりと視界が歪んだ――その次の瞬間、その歪んだ視界に、誰かが飛び込んできて、ヘルメットに飛びかかった。

******

「おあああっ!!」

 無我夢中で体を動かして、細川を引きずるそいつに跳び蹴りを喰らわせた。大きな手ごたえを感じて、その次、大きく体をよろめかせた相手の姿が見えた。細川がその隙を突いて相手の手を振り解いた。

「逃げろっ!!」

 見た瞬間、そう叫んでいた。行動からして、こいつの目的が細川を連れ去ることだ。だったら彼女が逃げてしまえば、こいつは目的を達成できない。

 そのまま、相手を取り押さえようとしてつかみかかった――その瞬間、腕と頭にずきんと痛みが走って、集中が乱れてしまった。最初に殴られた時にどうにか両腕を出して頭への直撃は避けたものの、かばいきれなかった上に、腕のほうにも厳しいダメージがいったらしい。

 狂った獣のようなわけのわからない叫び声をあげながら――どうやら男であるらしいそいつは、僕の手をあっさりと振りほどいて、再びバットを振りかぶってきた。また殴られる――痛みにも構わず、僕は頭を守ろうと両腕を上げた。

 そこにまた硬い物が叩きつけられる。砕けそうに痛い、でも倒れられない。倒れれば、男は躊躇なく細川を追っていってしまうだろうから――最初にそう思っておいて、その後も続けて硬い物で殴られるのを、僕は必死に耐えていた。腕とか肩とか脇腹とか、上半身のあらゆる箇所を叩かれ続け、痛みでわけがわからなくなりそうだったけど、それでも、倒れるわけにはいかないというだけで僕は立ち続け、耐えていた。

 やがて、唐突にバットの雨あられが止んで、男はくるりと体を反転させて、そのまますばやく走り去っていってしまった。頭を守る両腕の隙間から、かろうじてそれを眺めて。そして、細川は逃げ切ってくれたらしいと安心し、息をひとつついたところで、限界が来て。



「漂くんっ!!」



 宮月の、悲鳴のような呼び声を聞きながら、僕は地面に仰向けに倒れた。

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