その後の話

 次の日以降、1日の様子がちょっと変わった。

 昨日のけんかのせいでまだまだ体中が痛かったけれど、それでもなんとか休まず学校に行って。






 クラスの中でおれにかかわってくるのは里柚ちゃんだけだった――天沼たちは5人で固まっていたけれど、ふだんならおれにちょっかいを出してくるところが、この日はおれが顔を向けるとすぐに目をそらしてしまっていた。それどころか、その集団もクラスの他の子とかかわろうとしなくて、なんだか浮いていた。
 とりあえずそんな感じで、おれへのいじめがぱたりとなくなったこと。






「みやつきせんせーっ」
「あら、桜井君……と、千原さん? どうしたの?」
「あ、えっと、おじゃまします、先生」
 保健室に、前まではおれひとりだったけど、今日はなんとなく、里柚ちゃんを連れていってみたくなった。
 ランドセルをてきとうにそのへんに放り出して、先生の前にいすを持ってきて、それから上着だけ脱いで。まだおれの体は傷だらけ。
 里柚ちゃんはちょっとびっくりしたようで、おれは彼女に向かってごめんと言った。先生はちょっとこまったように笑いながらも、包帯と湿布をゆっくりとはがしはじめた。

「調子、どう? 大丈夫?」
「ん……まだ痛いです」

 痛いものは痛かった。すぐには消えてくれないもの。だから今日は歩くのがつらい、動くのがつらい。里柚ちゃんを連れてきたって言うよりは、里柚ちゃんに手をかしてもらっておれは保健室に来た、みたいなものだった。

 昨日もらった湿布を捨てて、新しい湿布にはりかえてもらう。体中痛いから、はる数も多くて。どれだけ使うんだろうと思うと、ごめんなさいな気分になってくる。でも言おうとする前に、新しいしっぷのほうが1枚はられるたびに、気分がふはーっと落ち着いてきて、それでおれは何も言えなくなってしまう。それでけっきょくされるがままで。

 湿布をひととおりはり終わると、今度はそれがずれないように包帯を巻く。その包帯の量もけっこう多い。またごめんなさいな気分が出てくるけれど、湿布の時に言わなかったのにいまさら言ってもと思い込んで、おさえる。

「はい、終わったわよ」

 腕、お腹、背中、足。体中が湿布と包帯だらけ。おれ、人間じゃなくてお化けにでもなったのかなあと、変なことを考えてみる。

「だいじょうぶなの、桜井くん?」
「んー……なんとかー」

 心配そうに里柚ちゃんが聞いてきた。だけど言われたって痛いものは痛いから、だいじょうぶって言ったらうそになる。でも体は痛いけど、だからなんなんだって感じでもある。けっきょく、体が痛いのについては、それが消えるのをおとなしく待っているしかないから。
 こうして、今日のように。しばらくは里柚ちゃんといっしょに保健室通いが続いたこと。






「ただいまー」
「あ、おかえり……て、友達連れてきたのか?」
「あ、えっと……お邪魔、します」

 むかえてくれた漂にーちゃんがちょっとおどろいたような顔をした。そういえばおれがこの家に誰かを連れてくるのははじめてだった。里柚ちゃんには、帰り道でいろいろと説明しておいたから、だいじょうぶだとは思うけど。

「あがってあがってー。えんりょしないでいーよー?」
「あ、うん……じゃあ、しつれいします」
「浩都、その子クラスメイトか?」
「うん。里柚ちゃんって言うんだー。あ、里柚ちゃん、この人漂にーちゃんね」
 間に入って、おれが2人をそれぞれ紹介する。
「よろしくね。浩都とも仲良くしてあげてくれると、嬉しいから」
 漂にーちゃんはにっこりと、里柚ちゃんにそう言って。そしたら里柚ちゃんはなんだかちょっとあわてたように、
「こ、こちらこそよろしくおねがいしますっ」
 といってぺこんっと頭を下げていた。なんだかそれがちょっとかわいらしくて、おれはくすくすと笑ってみたりした。
 そうして、漂にーちゃんの家に、おれが里柚ちゃんを連れてくるようになったこと。






 おれの日常の中で、主にこんなところが変わったりした。他にも小さな変化っていうのはいっぱいある気がする。
 それで一番実感するのは、今までより毎日が楽しくなったかもしれないこと。特に、学校がらみのこと。

 漂にーちゃんに拾われてからも、それなりに変化が出てきて、楽しくなったりはしたけれど。それでも、学校のことまで変わったわけじゃなくて。避難場所が増えただけって感じだろうか。

 それが今は、学校に行くことも、それなりにではあるけど楽しくなってきていた。天沼たちにからまれることがなくなってから、里柚ちゃん以外のクラスメイトとも少しずつ話すようになったりして。それがけっこう新鮮だったりもして。
 学校という場所を、おれは好きになりはじめていた。












 しばらくは、そんな毎日が続くんだろう。



 この先もひょっとしたら、いろいろあるかもしれないけれど。



 過ごす毎日そのものが楽しいなら、それはすごく幸せなことなんだろう。






 じゃあ、それをめいっぱい感じたい。だからがんばって生きていこう、やっていこう。



 これからの毎日の中にあるそれを思いうかべて、おれははっきりと笑った。













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