番外編2の2.頼らないこと

 次の日。

「どーしてくれんだよ、お前のせいで昨日さんざんだったじゃねーかよ」

 放課後になって、天沼とその集団につかまって、おれはひとけのないところに連れてこられた。

「なんでおれのせいなんだよ。おたがいさまだろ」
「あー、なまいきだ、なまいきだ。おれはお前さそっただけだぜ? お前がやだっていうからややこしくなったんじゃねーかよ」
「いやに決まってるだろっ!! お前、おれにろくなことしないじゃんかっ」

 相手はおおぜいで、勝ち目はあまりないと思う。
 けれど、弱さを見せるわけにはいかなくて、おれはさけぶように言った。

「ひっでぇなー。お前が友達いないんだから、遊んでやろうって言ってんのによー。どーせ家帰ったってひまなんだろ? 付き合えって」

 言いながら、天沼はあごを動かした。それを見たと思ったら、いきなり後ろからうでを取られてひっぱられ、動きが取れなくなった。

「ちょ、何すっ、はなせよっ!!」

 全力であばれるけど、ふりほどけない。押さえてるのが2人がかりで、しかもまだ取りまきがいる。よけいにどうしようもない状態だった。

「えーんりょすーんな、よっと!」

 そんな声が聞こえたとたん、思いっきりお腹をけられた。つま先が思いっきりめりこんで、吐きそうな勢いでおれはせきこんだ。しかも、それが合図だったのか、せきこんでるところから落ち着くひまもなく、おれは地面にうつぶせにさせられた。



 そこからはもうほとんどわけがわからなかった。
 足をふまれて、背中をふまれて、わきをけられて、頭をふまれたりけられたりして。痛さのあまり、体が勝手にびくんびくんとはねる。そんな中、おれは声もあげず、顔全体を地面にぶつけないようにするために、頭だけをかがめて、体全体に力を入れていることしかできなかった。考えるよゆうもなくて、ただそうやって袋だたきに対してじっとしていることしかできなかった。

 痛い。気持ち悪い。苦しい。そんなおれの姿に対して、天沼のもっとやれやれとか言う声が聞こえてくる。なぐられけられながら、おれはひたすらむかむかしてしょうがなかった。



「こらぁ、お前らァ!!! 昨日言ったばっかりだろうが、何やってんだぁ!!!」



 いきなり、はげしいどなり声が聞こえてきた。

「やっべ、先公!? お前ら、にげるぞー!!」

 天沼があわててそう言うのと同時に、集団はみんな走ってにげてしまった。それを見てか、また大きなどなり声が聞こえたけれど、天沼たちはぜんぜん聞かなかった。

「大丈夫……じゃないな。ボロボロじゃねェか……」

 心配そうな声がかかるのと、おれがなんとか後ろをふり向くのは、同じタイミングだった。倉吉先生がかけよってきて、ゆっくりとおれの体を起こした。よく見ると、後から里柚ちゃんがついてきていた。
 どうして先生と里柚ちゃんがいっしょにいるのか、その時のおれには考えるよゆうがなかった。ただ体じゅうが痛くて、話すこともできなくて。
 先生におぶわれて、おれは保健室に連れていかれた。後ろからは、心配そうな顔をした里柚ちゃんがついてきていた。











 いつもより1人多い保健室。ボロボロになったおれと、心配そうな顔をして手当てする宮月先生と、横で心配そうな顔をして見ている里柚ちゃん。
 倉吉先生はおれを保健室に連れてきたあと、「明日の1時間目は学級会だな」って言い残して、いなくなった。あの人はあの人なりにおれ用の時間を作る――手間をかけさせてしまっていることが、やっぱりごめんなさいな感じだった。
 そして宮月先生にしてもそうだ。文句もなにもなく、おれの手当てをしてくれる。この人についてはそれが仕事でもあるんだけど。
 手当てされながら話を聞いていたら、倉吉先生を呼んだのが里柚ちゃんだったこともわかった。おれが連れてかれて心配になって、袋だたきが始まったところで呼びにいったらしい。里柚ちゃんがいなかったら、もっと大変だったかもしれない。

 結局、いろんな人に心配をかけっぱなしなことを感じて、気分がどんよりしてくる。いじめられることよりも、そっちのほうがいやだった。おれのせいで、心配とか問題とかをかかえる人がいることが。



「……大丈夫?」

「……だいじょーぶ」

「こら、無理言うんじゃないわよ。……しばらくは大人しくしてなさいな」



 里柚ちゃんが聞いてきて、おれはできるだけきっぱりと返事したけど、宮月先生が少し怒った。たぶん、けがのことじゃないとは思うんだけど。でも、やっぱり大丈夫じゃないって印象のほうが強く見えるのは、しょうがないかもしれない。

「……帰れる、の?」

 また里柚ちゃんが言葉を続けた。やっぱりその声は心配そうで、でもまたここで大丈夫って行ったら先生が怒るんだろうなと思うと、おれは何も言えなかった。

「……なんなら、今日は預かってもいいわよ?」

 宮月先生もそんなことを言う。やさしくしてくれているのに、なんだかよろこべなかった。ここまで心配されるほど、おれは弱いんだろうか。
 子供なんだからもっとたよっていいって、漂にーちゃんに言われたことがあった。だけど、本当にそうやって生きていたら、ますます弱くなる。それは昨日にーちゃんにも言ったけれど、それなのに今のおれは、本当に弱くて、誰かに心配をかけてばかりいる――そう思うのは誰のせいだろう。

 おれをこんな目にあわせた天沼のせいだろうか。けれど実際にそう思ってみると、やっぱり違う気がした。けっきょく、責任のおしつけあいにしかならない気がする。
 じゃあ、おれが弱いせいだろうか。ただおれが自分でそう思ってるってだけじゃなくて、そういうのが事実というかたちであるからだろうか。って言ったら漂にーちゃんとか宮月先生とか、いっせいに怒り出しそうな気がする。

 どうすればいいんだろう。誰にもたよらないでよくて、誰にも心配をかけないですむようにするのに、おれは何をすればいいんだろう。



「……ひとりにして、ください」



 里柚ちゃんと宮月先生の目に、おれはそれだけしか返せなかった。心配そうな目で見られていたら、ますます弱くなりそうな気がしたから。本当に、誰かの力にたよらないと、自分じゃ何もできない人間になってしまいそうだったから。
「でもっ……」
「ひとりにして」
 里柚ちゃんが何か言いたそうだったけれど、おれは聞きたくなかった。これ以上心配されるのがつらかった。

「……千原さん。あなたはもう帰りなさい。彼のことは先生が面倒見るから、ね」

 宮月先生が里柚ちゃんの名字を呼んで、落ち着かせようとした。里柚ちゃんは気持ちのよくなさそうな顔をしながらも、おとなしく頭を下げて、帰り支度をしていた。
 彼女の名字が呼ばれたことを、おれはぼんやりと考えていた。授業で倉吉先生が彼女を呼ぶときも名字だけど、なぜかあんまり覚えてなくて。おれが彼女を呼ぶときは、いつも「里柚ちゃん」で。

 いまさらのように、彼女の名前が千原里柚(ちはら りゆ)なんだということを思い出していた。

 足音をぱたぱたと立てながら、里柚ちゃんは保健室を出て行った。そしたらけっきょくいつもどおりに、保健室の中にはおれと宮月先生が残った。だけど、いつものように気楽に話せる気分じゃなくて、部屋のなかはしんとした。

 どうしてこんなに気まずいんだろう。さっきの話なんかここじゃきれいさっぱり忘れて、ふつうに話をすることだってできるはずなのに、どうしてできないんだろう。何かを口に出そうとしても、のどのところで引っかかって出てこない。何しゃべったらいいかわかんない。

「あ……」

 ふと、先生が声をもらして、あわてたように服のポケットをさぐった。出てきたのは携帯電話で、先生はそれをすぐに耳にあてた。

「もしもし? ……珍しいわね。桜井君? ええ、今こっちにいるわよ……替わる?」

 誰だろうと思ってたずねる前に相手の名前を言われ、電話をわたされた。草那おねえちゃんかららしい。

「もしもし?」
『やっほー。今の時間に家にいないなんて、珍しいよね?』

 時間のことを言われて、ふと壁時計を見てみると、5時を過ぎていた。そんな時間まで学校にいることは時々あるけれど、多いわけでもない。

「……なんか用なの?」
『用ってほどじゃないんだけどねー。浩都くんに会いたくなったから、今漂くんちにいるんだけど。どうかしたの?』

 話し声はのんきな感じだった。おれの事情のことは草那ねーちゃんは知らないみたいだった。漂にーちゃんもたぶん話してないんだろう。

「……どうもしないー。けど、ねーちゃんこそなんでおれに会いたいの?」

『会いたいからに決まってるじゃない』

 答えになってないような答えを返された。なんでおれなんかに会いたいんだろうって聞きたいのに、とたずね返そうとした時。



『……ね、本当にどうかしたの? 普段だったら、浩都くんだって同じようなこと言うじゃない。大丈夫?』



 声の感じがちょっと落ちた。それでもってまた、聞きたくない言葉を聞いた。草那ねーちゃんにまで心配をかけてしまった。

「大丈夫だから。心配しなくていーからっ。じゃあ今から帰るっ」
『え、ちょっと……』

 草那ねーちゃんはまた何かを言いかけたけど、それを聞く前に、おれは携帯を先生につっ返した。

「ごめんなさいね……え? 大丈夫なの? ……わかったわ。しょうがないわね。うん、それじゃあね」

 先生は携帯を切ってからため息をついた。何を話してたんだろうか。聞いてみた。

「……今日は桜井君のところに泊まるって言ってたわ。どうしてもあなたと話がしたいみたいね?」

 そうみたいだった。おれはこくんと頭を下げたあと、帰り支度をした。ランドセルは、倉吉先生が持ってきてくれていた。

「気をつけて、ゆっくり帰るのよ?」
「はい。さよーならー」

 あいさつだけはきちんとやって、おれはふらふらと保健室を出て行った。体はやっぱり痛かった。












 家のドアの前までなんとかたどりついた。けれど今日はそのドアを開ける気にはなかなかなれなくて。ドアの取っ手に手をのばしかけて、ひっこめて。インターホンにも手をのばしてはひっこめて。なかなか、帰ってきたのを知らせられずにいて。

 結局、しばらくしてから、おそるおそるインターホンのほうを押した。それから、ドアが開いてもぶつからないように、1歩2歩下がる。



「はーい……あ、おかえり! ……どうしたの!?」



 むかえてくれる明るい声。でもその次におどろいた声。出てきたのは草那おねえちゃんだった。

「ただいま」

 それだけ言って家に入ろうとしたけれど、玄関は草那おねえちゃんがふさぐ形になっていて、ふらっと寄りかかる風になった。

「……大丈夫……じゃないよね」

「だいじょーぶ。……どいて」

 うろたえたように言う草那おねえちゃんに、きっぱりとおれは返す。ついでに、このままじゃ家に入れないから、どいてと言う。草那おねえちゃんの顔は見なかった。ただ、だまって道を空けてくれる動きだけが見えた。
 けれど、家に入ったところで。



「浩都? ……て、お前、大丈夫か!?」



 草那おねえちゃんよりもっとあわてた声が飛んできた。家の中のせまいろうかをばたばたとかけよってくる漂にーちゃんがいた。

「だいじょーぶって言ったじゃん」

「……嘘だろ。なんだよそれ。誰にやられたんだ」

 聞かれたから大丈夫って言ったのに受け入れられなくて、おれは思わずむっとした。



「にーちゃんにはかんけーない。言ったじゃん昨日。手当てもちゃんとしてもらったもん」



 心配しすぎだと思った。そう思ったからなのか、おれは漂にーちゃんに冷たく当たっていた。

「ちょっと浩都くん、そういう言い方はないでしょ!」

 あわてたように草那おねえちゃんがわりこんできた。けれどそっちじゃなくて、おれは漂にーちゃんの顔を見ていた。



「……漂にーちゃんこそ、大丈夫なの? なんかさ、顔色悪いよ?」



 見たままのことを言った。心配そうに声をかけてきた漂にーちゃんだったけど、その顔は青いみたいな感じがあった。けがしてるおれが見ても、ふつうに心配になるような顔色だった。



「……僕がどうしたって言うんだよ。気にすんな。……大丈夫か?」

「だいじょーぶって言ってんじゃんかー。にーちゃんもおねえちゃんも、心配しすぎだからー!」



 むしろ草那おねえちゃんはともかく、漂にーちゃんのほうが本当に大丈夫なのかどうか、こっちが心配だった。

「……あたしは事情知らないから。話、聞かせてくれるといいんだけど。……漂くん、今日はあたしが面倒見ていいかな?」

 草那おねえちゃんも漂にーちゃんの様子に気づいたようで、気づかうようにそう声をかけた。おれはこくんと首をさげた。でも漂にーちゃんはなっとくいかなさそうな顔だった。その色はまだ青く。

「……けどっ……」

「……漂くん、落ち着いて。冷静になってよ。あなたがそんなんじゃ、一番駄目じゃない」

 草那おねえちゃんがかける声は、やさしかった。ぐっ、とのどをつまらせたような声をもらして、漂にーちゃんはしばらく動かない。やがて大きくため息をついて、

「ごめん。……任せる。寝るときは僕の部屋使っていいから」

 顔を下に向けたままそう言って、にげるような早足でリビングのほうに行っちゃった。

「……大丈夫かなー」
「わかんないね。……何かあったのかもしれないね?」

 本当は、あれくらい心配してもらえてうれしくもあった。けれど、それにしたって、なんで青い顔なんかしているんだろう。草那おねえちゃんの言うとおり、本当に何かあったのかもしれない。

 だけど、たぶん実際ににーちゃん本人に聞くことはないだろう。やっぱり、気になるのはあの青い顔で。ということは、漂にーちゃんにとっては決して気持ちのよくないことで。聞くにしても、おれにはまだ早いことだと思った。

 強くならなきゃいけない。おれだって、弱いままじゃいたくない。だからできるだけ、今の問題はおれ1人で解決しなきゃいけなかった。誰かに頼るのが、本当にいやになったわけじゃないけれど。

 1人でも何かができる強さがほしい。これはその1歩目だと、おれは自分に言い聞かせた。












「それにしたって、あなたの態度もきつかったと思うわよ?」

 漂にーちゃんの部屋の中で2人きりになってから、草那おねえちゃんはおれを後ろから抱きかかえながら、そんなことを言ってきた。でも話し方はそれほど怒っている感じじゃなくて。だからこそ、おれは反省するつもりでこくんと頭を下げた。

「でも、やっぱりだめだから。たよれないから。……ごめんなさい」

「それは謝らなくてもいいと思うわよ? そう決めたんなら、頑張ってやりとげなさい」

 そこでいったん言葉が止まって、おれは頭をひとなでされた。何か言おうとする前に、草那おねえちゃんの言葉が続いた。

「……でも、せめて何があったか話してくれると嬉しいな?」

 おれは今、抱かれている。草那おねえちゃんの感触はやわらかい。それだけじゃなく、話し方もやわらかい。この人には話してもだいじょうぶそうだ、って安心できる。
 だから、おれは話した。学校であったこと、今日なんでおれがぼろぼろだったのかについて。今の問題はそのことだった。



「……今の小学校にも、ろくでもない奴っているのねぇ……」



 草那おねえちゃんはあきれたようなため息をついた。それからまたおれの頭をひとなでした。やさしくて気持ちいい手ざわり。たよりたくないたよりたくないって言ってる自分が、全部忘れてよりかかってしまいたくなる気持ちよさだった。

「浩都くん、1つだけ言っていい?」

「ん……なーに?」



「そういうやつらはね、もうね、徹底的にこらしめちゃいなさい。何やってもいいから。警察や先生とか、ウチの母さんとか漂くんが許さなかったって、あたしが許すから。その代わり、あたしは君を助けないけどね?」



 あっさりとそう言って、草那おねえちゃんは笑った。その言葉に、ものすごく自分の中がすっきりしていくのを感じた。ああ、おれはそういう言葉がほしかったのかもしれない、って直感で思う。



「……ありがと、おねえちゃん」

「どういたしまして。……今日は、一緒にいるから」



 おれは草那おねえちゃんによりそった。おねえちゃんはおれをやさしく抱きしめた。



 あたたかいものにつつまれて、おれは今日の夜を過ごしたのだった。













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