3.危ないお姫様

 今ひとつ、掴み切れない。掴みどころがないと言うほどじゃあないけれど、わかりやすくもない。あたしを呼び出して、今、目の前に立っている男の印象って、そんな感じ。
 口調は軽くて信用味がない感じで、表情も基本的にはにやにやしていて腹が読めないって感じだけど、時折真面目な表情も見せる。真面目なというよりは、基本的な姿勢とは違った、途端にそれまでの言動が信用味を持つようになってくるような、引き締まった表情。
 だからあたしのほうも、結局向こうのペースに乗せられてしまっている気がする。相手の言うことを最初は疑ってかかるのに、最終的にはOKを出してしまっている。どころか、相手を誘うような言葉までもが口を突いて出ている。
 これは、なんていうんだろうか。結局、まんまと相手のペースに乗せられているってことなんだろうか。だったとして、相手はそれを狙っているのか、自覚がないのか。多分それは肝心な部分だと思うんだけど、読めない。
 とにかく、そんなペースが作り上げられてしまっているので、相手の言葉に対して、あたしは困惑しつつもこう答える。



「……悪巧みって何よ」



 聞く気がないなら最初からつっぱねればいいはず。それをしない。
 ああ、やっぱりあたしはこいつの話を聞く気なんだ、と他人事のように実感する。
「や、何。あいつを試すのさ。お前とあいつの仲がホンモノかどうか、をな」
「いや、だから……具体的に言いなさいよ。なんでもいいから」
 遠回しな向こうに、なんでもいいからとまで言って急かしている。いいのか、あたし。
 くっくっく、と響く声は可笑しそう。だけれど浮かんだ表情は可笑しいというよりは苦笑のようなものだった。



「簡単な話だよ。俺がお前をどっかにさらう、でもって俺があいつに接触して、勝負に勝てば女を返してやるっつうんだよ。向こうがそれで死に物狂いになりゃ、確認できるかなと思ってな」



「あー……要するに捕らわれのお姫様作戦?」
 会ってまだ1時間も経ってないんだから、それで作戦を思いつくと言ったらそんなものかもしれない。なんだかすごくベタベタな気がするやり方だった。
 確かに、恋人が悪の手先に捕らわれているってなったら。普通だったら黙っちゃいないだろう。そりゃあもう怒ったりして、死に物狂いで助けに来るかもしれない――そこまでの根性があれば、だけど。
 今時そんなのが通用するのは漫画やゲームの中だけだと思う。実際には恐れをなして逃げ出すか、下手に出て穏便に解決しようとするか。あたしたちみたいな人間が考えるのはそんなところだと思う――とまで考えて、ふと漂くんについてはどうなんだろうと考え直してみると、案外そうでもないかもしれない。
 前にあたしと浩都くんが襲われた時、彼は駆けつけてくれた。しかも、襲ってきた相手をあっさりといなしていた。そのときはものすごく頼もしくて、ときめかないはずがないってくらいあたしはときめいた――けれど、今提案されたシチュエーションに当てはめると、ちょっと違う気がする。



「……死に物狂いにはなるんじゃないかな。多分、助けてくれるんじゃないかなあ。でも、何か根本的に違う気がするなぁ……」



 死に物狂いになってくれたとしても、純粋にあたしのため、という風じゃない気がする。
 だって、彼はお人好しだもの。だから多分あたしじゃなくても、誰かが人質にされているとなれば、それが知らない人だったとしても、自分の力が届くのなら助けに行くかもしれないのだ。届かなくても、自分でどうにかしようとあれこれ無茶をしそうな気がするのだ――そして、多分あたし自身は彼を誰にも取られたくないと思っているけれど、だからと言って彼のその性格を否定してしまうことはできないのだ。だって、そういう彼をあたしは好きなのだから。
 目の前の聖人って男は、そのあたりを知らないんだろう。あたしの声を聞いて、怪訝そうな顔を向けている。
「根本的にって、何が違うんだ?」
 ついでにそんな声で訊いてきたので、今思ったことを簡単に説明する――彼を好きだって部分は割愛して。そしたら一応納得はしてくれたらしく頷いたが、それでも作戦決行の価値はあるんじゃないかと言ってきた。
「結局もしホントにそうなんだとしたら、お前は大事にしてやらにゃなんねーと思うぜ? 見極めるのも悪くねェんじゃねーか」
 ちなみにその時の聖人の顔はというと、真面目なものだった。だから、ああ、そうかもしれないとなんとなく思ってしまったあたしには、主体性が足りないのだろうか――それにしても。



「あなた、結局何がしたいの? 下手したら、漂くんにボコボコにされてお終いじゃない。あたしをさらうって言ったって、協力って形だって最初から言ってて、あたしだって納得ずくの上だけどさ。……あなたの方に、得なものがひとっっつもない気がするんだけど」



「ああ、別に損得っつーか、そんなん求めてるわけじゃないんでな。ただ、お前らに関わるのが楽しいかなって思っただけだよ」



 不真面目な笑みを浮かべながら、そんな答えを返してきた。なんていうか、こいつ自身はあたしたちから1歩引いているみたいな感じ。



 けれど、なんだか不公平な気がした。なんだか最終的にあたしたちだけいい思いをして、それで終わりでいいんだろうか。



 そんな思いが、理性を吹っ飛ばしてしまうほど体を駆け巡ったのか何なのかわからないけれど、あたしは聖人の右腕を引っ張って、その手を自分の胸に押し付けていた。あたし自身にとってもわりと予想外だったけれど、向こうはもっと予想外だったと言わんばかりに、思いっきり目を剥いて狼狽していた。



「お、おい、コラ待て、ちょっと待て!!!」



 慌てるあまり、向こうの右腕は抵抗しようとものすごく力が入るけれど、あたしはその右腕を自分の両手で自分の右胸に押さえつけたまま、離さなかった。
「離せって……っ、お前、自分が何やってんのか、わかってんのか!?」
「わかってないと思う?」
 妙に冷静に、あたしは言った。わかっている。あたしは自分から進んで胸を触らせている。



 だって、このままじゃあまりにも張り合いがなさすぎる。ただ何もかも仕組んだって、こいつが言うような『あたしたちの仲がホンモノかどうか』の確認にはならないと思う。あたしが本気で襲われでもして、そこを本気で助けてくれるかどうかくらいでないと、姫様役のあたしとしては面白くない気がした。もっとも、そんなことを考えるのも、目の前にいるこいつが実は結構いいヤツだったりするからかもしれないけれど。



 だからあたしはひとまず、目の前のこの男に自分の体を売り渡すことにした。とは言っても、あたしが自分で胸を触らせただけで慌てまくるくらいだから、こっちから誘わない限りはそんなにひどいことにもならないかなと、どこか楽観的に思いながら。
「……、いいのかよ。マジで。後で文句言われてもどうしようもねーぞ」
 結局、腕の抵抗をやめてあたしの胸を掴まされたまま、聖人はそっけなくそう言った。するとなんだか可笑しさがこみ上げてきて、あたしはくすくすと笑い声を漏らしていた。また不機嫌さを増したような向こうの表情に向かって、あたしは言う。






「言ったでしょ? ここまで来たら、何かされたほうが気持ち悪くないってね」






 最初はこいつのことを掴みどころがないと思ったけど、形勢の逆転を感じて、あたしは妙に優越感を味わっていた。それが彼に対して失礼なことだとは思いつつも、そして実際にはあたしが受け手になるのにもかかわらず、面白くてたまらなかった。






 そのまま相手の腕を引っ張りつつ、あたしは後ろに尻餅をつくように倒れこむ。おわっと声がして、彼はあたしに覆い被さるような形で倒れてくる。しばらくそのまま動かない。静止状態だと背中が攣りそうになるので、あたしは地面に仰向けになった。



「……知らねーぞ。覚悟はいいな?」



「いいって言ってるじゃない」



 笑いながら、状況にそぐわないくらいの普通さを装って、返事。
 それを合図にするように、彼は制服の隙間からそろりそろりとあたしの肌に指を伸ばす。
 その感触に身悶えながらも、始まったばかりなのもあって、まだ理性は残っている。その理性で思ったのは。



 あたしが一番好きなのは、漂くん。それは変わることはないだろう。



 ただ、それには遠く及ばないけれど、単純な好き嫌いで言えば、目の前の彼に対してもあたしは好きだと言うだろう。少なくとも嫌いだとは言わないだろう。



 本当に想う人ほどではないけれど、彼の存在もまた、あたしは大事にしよう。できるだけ。






 そう思ったためなのか、それともただ体の感じるままからなのか。あたしは彼の動きに対し、もっと多くを求めるように喘ぎ、喘ぎ続けた。











 ******











 女ってのは恐ろしい生き物だ。普段がそんな風でなくとも、時折そんな一面を覗かせることはあるだろう。
 俺は今、全身でそんなことを感じながら、ぐったりしていた。なぜか、俺はそんなこと望んでもいないのに、女の体を弄ばなきゃいけなくなった。話を振ったのは俺のほうだが、あまりにも拡大解釈されちまった挙げ句にそんなことになった。
 しかも質が悪いのは、その拡大解釈が天然じゃなく意図的なものだったから、そこには強引さがあって、俺は押されちまった。



 結局、いつの間にか宮月の体を弄ぶことに全力を尽くしてしまい、えらく疲れちまった。向こうは只今隣でお寝んね中――やった後、ご丁寧にと言うべきなのか、紐で両手を後ろに縛ることと、猿ぐつわまで要求してきたので、神経参りそうになりながらも、なんとか使えそうなもんを使ってそうしてやった。



 ある意味で恐ろしいったらない。純真で可愛い姿して、ありゃあ相当Mっ気をはらんでやがる。どっかで援助交際でもやっていそうで、俺が言うのも何だが不健全な気配がする――もっとも、援助交際うんぬんは心配いらないんだろうとは思うが。結局今相手をして危なっかしさを感じたからと言って、初めて見かけた時の印象が消えるわけでもない。咲良と一緒にいる構図は邪魔しづらいほど絵になっていたし、話していてなおのこと、向こうには咲良が好きだという気持ちがあることを確信した。



 にもかかわらず、俺に対して自分の体を投げ出してきたってことは、俺を信用したと解釈してしまってもいいのだろうか、と思う。本当に嫌な相手にそんなことはしないだろうからつまり、という風に考えが流れる。だからこそ、信用に報いられるように、俺は動かなきゃならなかった。






 とは言うものの、やはり疲労は体に濃く残っているわけで、当分動きたくなかった。こりゃあ、今日の5時間目と6時間目はサボりだなとぼんやり思って、ふと眠っている宮月を見下ろす。結局、こいつもサボりに巻き込んじまったなあ、と思うと申し訳なさが出てきたが、今更言ってもどうしようもないし、多分こいつは後悔しちゃいないだろう。



 とりあえず、宮月が今ここにいるなら、放課後、屋上にいるのは咲良1人だろう。行動を起こすなら今日のうちになるか。



 だったら今は授業サボってでも、休まなきゃならないと思った。良い子のみんなは真似すんなよと誰に向かってか知らず思いながら、俺はその場に座り込んでぼんやりぐったりしていた。













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