2.アプローチ

 翌日。昼休みにクラスを訪ねると奴はいて、放課後に体育館の裏で待ってろと言われた。このことを宮月には伝えようかどうかと迷ったけど、内容が内容なので、詳しくは言わず、今日は屋上には行けないとだけ伝えた。
 そういう経緯があって、今まさに放課後に体育館の裏――待ってろって言われたから待ってるのに、奴はなかなか来ない。いったい何をやってるんだか、と思って待つこと30分。



「やー、わりぃわりぃ。待たせたなー?」



 えらく能天気な声とともに、そいつは姿を現した。これから行われることにまるで釣り合わない口調――喧嘩をふっかけてきた人間のそれとはとてもじゃないが思えない振る舞い。
「……何やってたんだよ」
「ま、いろいろとなー」
 軽くはぐらかしつつ、ウォーミングアップのつもりなのか、軽く跳ねたり、肩を回したり。一応、覚えているらしい。



「で、どうする? 早速やるかい?」



 そう訊かれて、1つ、ある考えが浮かんで首をかしげた――ここで「やらない」って言ったら、喧嘩の話そのものがなかったことになるんだろうか。けれどここまで来てそれを口に出す気にもなれなかった。



「……さっさと、ね」



 終わらせられるなら早めのほうがいい。言いながら、こっちも首周りと手首足首を軽く動かした。



「さっさと、でいいんだな? 後悔すんなよ?」



 明原はそこでにいっと笑った――腕っ節には自信があるんだろうか。とりあえず、さっさと終わらせたくはあるけど、だからといって痛いのは嫌だとこんな場面で思う僕は、わがままだろうか。














 結局のところ、痛い目というのはどちらも見なかった。
 喧嘩と言っているわりに、向こうの殴る蹴るの動作は見え見えで簡単に避けることができたし、かと言ってこっちの攻撃もさっぱり当たらなかった。喧嘩という名目を飾り付けた、茶番のようなやり取りだった。
 しかも、僕が奴を待っていた時間に比べると明らかに短いうちに、その喧嘩は切り上げられた。やりあっててどっちが優勢ってわけでもなかったのに、突然向こうが両手を上げて降参のポーズを取ったからだ。
「OK、OK。お前、なかなかやるじゃん」
 降参する人間の台詞じゃないような気がしたけど、とにかく向こうにはもう喧嘩の意思は無いみたいだった。
「……誰かに頼まれたんじゃなかったの。いいの、こんなんで?」
「いーんだよ。ま、頼んだ奴は怒るだろうがな。優先すべきは俺の個人的興味だ。昨日も言ったろ?」
 確かに言っていた――ふと気になった。



「……興味って……まさか、今後も絡んでくる気?」



 言動から、そういう感じがした。これで終わりか、と訊かれるとどうにも頷けないような。何より、向こうの考えが今ひとつ読めない。絡んでくるのかと言われて肯定されたところで、別に嫌じゃない、けれど好きこのめるものでもない。



「どーだかな。ま、縁があったらまたってことで?」



 明原はにやりと笑いながら、そう答えた。どっちとも取れる言葉で、相変わらず読めない。
 不可解な表情をしていたであろう僕をその場に残して、そいつはぷらぷらとその場を去っていった。






 これで、終わりだろうか――そう思った次に、また思う。これで終わるとは思えない、と。そんなことが頭の中をぐるぐると回っていた。そのまましばらく、僕はその場に立ち尽くしていた。











 ******











 なるほど、藤浦が言っていたことは嘘じゃあないらしい。
 見た目はひょろりとしているが、身のこなしは悪くない。かと言って逃げ回ってばっかでもなくて、こっちの隙を見つけては手を出してくる。どういう経緯があったか知らんが、なかなか喧嘩慣れしているらしい。人は見かけによらねェもんだな。
 そういう手合いとはむしろ本気でやり合いたくない。そうなると、こっちも痛い思いをする可能性がある。別に、喧嘩することに暇つぶしを求めてるわけでもない。



 けど、咲良にかかわってみるのは面白そうな気がする。なんとなくだがそういう匂いがするし、実際今までにおいのした奴に何かしらちょっかいを出してみると、面白い結果になったりする。勘とも言うべきソレだけど、今まで外したことはない。そしてついさっき、咲良と対面してそういうにおいを感じた。
 自分じゃ意識しなかったのに、くくっと笑い声が漏れた。まだ何もしてないのに、においを感じたというだけでどうしようもなく面白いものがあるらしい。まあ、いつものことだが。



 さて、これをもっと面白くするためにはどーしたもんか。ぶらぶら歩きながら考える――すぐに浮かんだのは昨日見た光景だった。咲良と一緒に寝てた女がいたな。そいつに絡んでみるのもいいか。
 しかし、咲良を単独で呼び出した時点で、あっちの方はもう家に帰っちまってるかもしれん。多分、普段はあの咲良と一緒に屋上でぼんやりと過ごしているのが日常なんだろうだけに、単独になったときの行方は掴みづらい――一緒にいる光景だって、回数にしてみればたった1回しか見てないんだが、そのたった1度だけでも、ああして一緒にいるのが絵になりすぎているのを痛感させられる。
 マジでどうしたもんか。結局、これからのことは明日に持ち越しか?















 で、翌日――本当に持ち越しになった。だって結局昨日咲良と会ったあと、カノジョの方は見つからんかったから。当てもなく捜すより、次の日の昼休みにでもクラスを訪ねるほうが確実だと踏んだ。
 実際、その通りだったわけで。昼休みにクラスを訪ねると、そのカノジョはいた。クラスの女子と何やら親しげに話しているようなんだが、遠目ながらよくよく見ると顔が険しく、周りの女子に対して何やら恥ずかしげに反論している。会話内容はよくわからんが、咲良との仲を突っ込まれでもしているのか。
 とりあえず、扉付近のクラスメイトに頼んで、カノジョ――宮月を呼んでもらった。何やら本人以外の女子が数名、こっちを向いては黄色い悲鳴のようなものを響かせたが、どうでもいい。でもって本人はというと、不審そうな視線をこっちに向けながらも、呼び出しには応じて駆け寄ってきた。
「何の用よ。てか、あなた誰?」
「咲良の知り合い。あんた、あいつと付き合ってるんだって?」



「嘘ね。あなたみたいな人のことなんか聞いたことないわ」



 あまりにもきっぱりとした拒絶の返事に、思わず苦笑する。こりゃ、ガードが固いか。
 どうアプローチすべきか考えながら、とりあえず喋る。



「んでも、用があるのは本当なんだがな」
「ナンパはお断りだから。帰って」



 や、これは取り付く島もないってやつか?
 どうしたもんかと言葉を詰まらせているところ、畳み掛けるように相手が続ける。



「ていうか、昨日漂くん呼び出したの、あなたね? 結局昨日、暇でどうしようもなかったんだから。邪魔しないでよ」



 なんかすげえ言われようだ、と思う。俺のしたことはそんなに酷かったのかと――というよりは、自分にとっては当然だというようなことを邪魔されて憤っているというような感じだ。






 ちょっと待て、と思う。 確かにお前は咲良を好きなのかもしれないが、だからといって用事があって呼び出すことまでうざったがられる筋合いはないだろう。






 とは言うものの、この様子だと聞く耳を持っているかどうか。多分、持っちゃいねえ。



 となると、選択肢はそう多くないわけで。俺は相手の左手首を掴み、引っ張っていった。



「ちょ、離して、離しなさいよ!!」



 わめき声が聞こえたが、構わず引っ張っていく。
 廊下ですれ違う人間はみんな、なんだなんだとこっちを振り返ったが、一切気にしなかった。















 そうやって、連れてきたのは校内の隠れ家だった。そこはいつの時間だろうと人が来なくて、内緒話をするには好都合。そこまで来ると、さすがに向こうも表情こそ不満そうだったが、抵抗の気配は見せなくなっていた。
「……なんなのよ、一体」
「いやまあ、別にあの場で話してもよかったんだが、聞いてくれなさそうだったし?」
「だって、いきなりすぎるわよ。あなた誰? 会ったことないわよね?」
「そうだな。けど、ある奴からタレこまれてな。俺は名前知ってるぜ」
 不審そうな視線がこっちを向く。タレこんだ奴に心当たりがあるのか、それともわけがわからないのか。



「……質問に答えなさいよ。あなた誰? あたしに何の用なの?」



 そういや答えてなかった気もする。とりあえず、まず名前を名乗ってみた。すると、それだけで軽蔑のような顔を向けられる――まあ、今までの流れからすりゃあ、無理もないだろうが。
「随分嫌味な名前ねー。それなのにやることは人さらい?」
「別に、話聞いてさえくれりゃ、何もしねーけどな?」
 嫌悪されているのはできるだけ気にしないことにする。特に名前と性格のギャップってやつについては、もう何年も言われ続けてきたことだ。名前のイメージがプレッシャーになることもあり、むしろ俺はそれに逆らうようにして今まで生きてきたから。だからこそ、気にしてもしょうがないと割り切れるようにはなった。
 と、そんなことを思い返しながら眺めているうち、なんとなくではあるが相手の表情がわずかに緩んだように見えた。



「信じられないわ。むしろここまでくると、何かされたほうが気持ち悪くないかもね」



 続けて、そんなことを言った。取り方によっちゃ、身を差し出すにも等しいことだ。耳を疑いかけたが、あくまで冷静を装って微笑を顔に貼り付けながら、俺は返す。
「嫌なんじゃなかったのか? 見ず知らずの人間に何かされるのってよ。誘ってくれんなよ」
「誘ったのはそっちでしょう。そういう目的だったんじゃないの?」
「違うっつってんだろ。ったく、このまんまじゃ埒が開かねェ。話が先だ」
 力関係は多分、俺のほうが上のはずなのに。連れてきたときとは違って、今の向こうには随分と余裕があるように見える。もっとも、言うなれば「投げ出した人間の余裕」ってやつに見えるから、見ていてあんまり気分は良くないが。とりあえず今は気にしないことにする。



「お前、1年2組の咲良ってやつとはどういう関係なんだ?」



 話の始めは単刀直入に。しかし、そこまで行くのにもえらく時間がかかるたあ、どういうことだ。
「どういう関係……って、なんでそういうこと話さなきゃなんないのよ」
「そうは言っても、見ちまったしなあ。お前ら、放課後になると屋上にいるんだろ。いつもかどうかは知らんが」
「だったら何よ。あんたに関係ないでしょう」
 噛み付くような即答、「あなた」から「あんた」に変わったキツイ言葉遣い、表情には強張り――人に突っつかれたくない部分なのか。



「関係ないこともないんだ。ある奴からちっと頼まれてな。けど、別に俺はお前らの関係を邪魔したいわけでもねーから」



 どうしてこういう言い方しかできねえんだろうなあ、と自分でうんざりする。が、「ある奴」の名前に対しては絶対にいい顔をされないだろう。どころか、逃げられてお終いになるかもしれないわけで。それは嫌なわけで。せっかくの暇つぶしの材料を逃してなるものか、なわけで。






「……しょうがないわね」






 溜息の後、観念したように向こうが言葉を漏らす。その響きに俺はまた苦笑する。何か、押し売りでもやってるみたいな気分だ。
「……関係って言ったって、深いものじゃないわよ。一緒にいて気持ちいいだけ。それだけよ」
「……好きなのか?」
 説明らしきものがあった後に、間髪入れずそう切り返してみたが、宮月は驚きも慌てもしない。



「……好き、なんでしょうね。そうじゃなきゃありえないわ。……こんな答えでいい? 何か不満ある?」



 うざったいものを目の前にしているような口調に戻る。しかし、思うところを説明しているときには、そういうとげとげしさってのはなく。信用していい内容なんだろう。
 その感情が友愛なのか恋愛なのか、突っ込んでみたいところではあったが、答えてはもらえなさそうに思う――それに、ふと浮かんだことがある。



「じゃ、あっちからはどう思われてると思う? もしわかんねェんだったら、確かめてみたくはないか?」



 そう言葉を投げると、宮月は困惑した表情を浮かべた。






「……好き、って思われてたらいいけど。わかんないわよ。あたしにわかることじゃないじゃない。知りたいんだったら彼に聞きなさいよ」



「まーまーまーまァ。ただ聞きたいんじゃねェんだ。……今ちょっと悪巧みが浮かんでな。お前さんにはちょっと協力してもらうことになるかな」



 宮月の顔はますます困惑したものになった。今はそれが心地よくて、思わず俺はくっくっと笑い声を漏らした。













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