台風オンステージ

 激しく吹き荒れる風が立てた、空気を切り裂くような音で目が覚めた。
 姉さんに起こしてもらうより、早く。

 眠気が残っていて重さのある瞼をごしごしとこすりながらカーテンを開ける。
 マンションの外は曇り空で、並木が激しく風に煽られていて。
 枝くらいならいつ折れるかわかったもんじゃないと思わせるほど、風の勢いは力強く。



 台風が来ているらしい。日本ではおなじみと言ってもいい自然の猛威のひとつ。大雨と強い風による強力な災害。
 時折雨粒が窓やアスファルトなどを激しく叩き、風は強く吹き付けてびゅうびゅうと音を立てる。
 力強い破壊の歌。その威力は見ているだけでも強烈だった。



 それなのに、台風が来ると学生は喜ぶことが多い。
 風と雨が荒れ狂いすぎて外に出られないから、学校には行けなくて。
 結果として、平日が休みになる。
 学校に行かなくていいこと、勉強しなくていいことを喜ぶやつは、多い。
 僕と姉さんはそうでもないけれど、家の中には1人、大はしゃぎしてるやつがいた。



「やっすみー、やっすみー!!」



 リビングに出てみると、浩都がやけに体を弾ませた様子でテレビを見ていた。
 台所で朝ご飯の準備をしていた姉さんに聞いてみると、この地域に警報が出ているのが嬉しいのだという。
「よくもまあ、こんな日に元気なもんだね」
 呆れ混じりに言いながら、僕はソファの浩都の隣に脱力気味に腰を下ろした。
「だって学校行かなくていーんだもん。休み一日増えるんだもんっ!!」
 言う声はやけに嬉しそうだ。
 まあ、浩都と同じくらいの年の頃は、僕も学校が嫌いだったから、気持ちはわからないでもないのだけれど。
 それから今、高校生という年代になると、ただ素直に休みを喜ぶ気にもなれない感じ――なのは僕だけだろうか。

「そうは言っても天気悪いし、外うるさいし……ちょっとね」

「そうなの? 漂にーちゃんは嬉しくない?」

「……嬉しくはないな。だって、ほら」

 テレビの画面に視線を促す。そこではすでに台風に上陸された地域の被害を伝えるニュースが映し出されていた。
 道路全体が水の下に沈んでいたり、浸水した家屋もあったりで、散々な様子で。復旧がひどく大変そうだ。
 無神経だったと思ったのか、浩都はすぐにしゅんとした表情になった。わかってくれたかな、と思いつつ軽く頭を一撫でする。

「確かに自分にとってはいいことかもしれないけど、台風が来て困る人はたくさんいるんだよ。それがわかると、喜ぶなんてとてもできない」

「……ごめんなさい」

「謝らなくても。わかってくれるなら、いいから」

 怒ってるつもりは全然なかったので、謝る浩都の頭をもう一撫でした。気持ちが緩んだのか、浩都は僕の体にこてんと寄り添ってきた。



「できたわよー」




 姉さんの声。僕も浩都もすぐにソファを立って食卓へと向かう。
 いつもとは違うメニューだった。というか、うずらのゆで卵とミートボールの串刺しに厚焼き玉子に、トマトとレタスの生野菜サラダに冷凍食品からあげに、それでもって大きめのおにぎりが9つ。朝ご飯というよりは、学校に持っていって昼に食べる弁当を強くイメージするメニューだった。警報で弁当を作る必要がなくなったから、だろうか。

「……姉さん、これってお昼どうするの?」

「お昼? 後で考えるわ」

 訊ねるとそう返事して、姉さんは微笑む。明らかなはぐらかしなんだけど、それでも余裕の微笑と言わんばかりで。
 追及するのは無理そうだったので、僕は大人しく昼の弁当みたいな朝ご飯をぱくぱくと食べていた。
 冷凍食品が混じってるけど、それでも姉さんの朝ご飯がおいしかったのはきっと気のせいじゃないはずだ。









 3人とも早くに朝ご飯を食べ終わって、それから歯磨きや洗顔をひととおり済ませてから、僕と浩都はやることがなかった。
 僕らがリビングに戻った頃になって、姉さんは洗った食器を1つ1つ手際よく、それでいて丁寧に拭いている。
 それを横目に、僕らはソファに座って再びテレビに目を向ける。

 テレビに出てる時計は8時10分になっていて、警報は相変わらず出ていて。
 まあ、テレビの情報を見なくても、台風の影響は間近でよく感じられるけど。
 家の中のドアと窓全部を閉めきって鍵をかけても、雨がガラスを叩く音、そして風の荒れ狂う音というのがけたたましくて。



 その音はわずかにだけど、大勢の観衆をイメージさせる。
 風の音が観客の声で、雨の音は観客が総立ちになる音で。まるで何かのライブを見ているみたいな。
 それも、最高潮の音楽を聴いて、会場の盛り上がりも最高潮に達しているような。
 僕はそういうのに行ったことはないけれど、なぜかふと、台風の模様を感じてそんなことを考えた。






 台風オンステージ。力の限り、激しく荒れ狂い、盛り上がる台風。
 ただしボルテージの高さがもたらすものは、破裂しそうな興奮じゃなくて、本当の破壊。






 その爪痕が、今テレビでも放送されている惨状なのだろう。
 台風の猛威に屈してしまった人たち。負けた人たち。

 また一瞬、負け組という言葉が浮かんだ。
 けれどその言葉は少なくともここではおかしい。じゃあ勝ち組って何なんだってことになるから。

 台風自体は被害をもたらす一方で恵みにもなると聞いたことあるけれど、恵みを預かった人は勝ち組なのか。
 あるいは特に被害もなく、まんまと学校を休むだけに留まる僕らが、勝ち組なのか。






「……ひどいねぇ」






 唐突な感じで浩都の声が響いて、我に返る。
 それまで周りへの意識が遠くなるほど考えごとをしていたということなんだろうか。
 何がひどいんだろうと思いつつテレビに目を向けると、そこには土砂崩れの被害に遭った家屋の映像が映し出されていた。

 そのニュースを追っていくと、不幸中の幸いか、土砂の主な被害は1階部分のみで、家の人たちは2階で寝ていたため無事だったらしい。が、家そのものは完全に建て替えないと駄目だとも言われていた。

 ひどいとわかっていながらも思わずにはいられない。
 あの家は台風に負けた。負け組に入ってしまった。
 家の人たちはこれからどうするんだろうと、そう考えるだけで胸が痛くなる気がする。



「……ひどいもんだよ」



 ようやく浩都に返事をして、溜息をついた。そのすぐ後に、姉さんが隣に座ってきた。



「今回の台風は大きいみたいね……」



 姉さんもテレビを見ながら溜息混じりに言う。
 そのころ映像は、台風の現場を必死に中継するレポーターのものに切り替わっていた。
 声を張り上げて、風に耐えて、強く当たる雨粒に耐えて。本当に必死に、僕らに情報を伝えてくる。






 家の中で安全に過ごしている僕らでさえ、台風の猛威は強く感じている。



 未だ、風の声は激しい。


 ガラスを叩く雨粒の音が、激しい。







 ちっぽけな人間に不安と被害をもたらす暴風雨の歌が、今日は最高潮を迎えていた。













お題バトル参加作品(掲載時修正あり)
テーマ:曲(音楽) 
お題:お弁当 風 負け組 自然
参加者:中原まなみさん、Aquaphoenixさん、楠沢朱泉さん、平塚ミドリさん、竹田こうと
BACK NOVELTOP SITETOP