誰も知らないところで、ひとり、僕はゆっくりと

 うつら、うつら。うつら、うつら。












 日の光にさらされた学校の屋上という場所は、そこにいるだけで気持ちよく感じられた。もちろん、実際は時期によって違ってくるだろうけれど。夏になれば焼けるほど暑いかもしれないし、冬になれば凍えるほど寒いのかもしれない。



 けれど、今は春で。それも、この高校では、ついさっき入学式を終えたばかりで。入学式そのものが午後からの日程だったので、終わる頃にはお昼の半ばくらいの時間になっていたけれど、まだまだ空気は暖かくて。春の陽気、というやつだろうか。



 そんな陽気の中に立っていたせいか、入学式早々、僕は眠気を感じずにはいられなかった。入学式が午後からだっていうのにもかかわらず、昨日はちゃんと早めに寝たから、寝不足なんてことはないはずなのに。それでも今日は眠かった。むしろ、こんな陽気を全身で感じられるような場所で、1人になって眠りたい気分だった。



 だからなのか、意識するでもなく、教室で自己紹介や学校についての話などが終わって解散になった後、僕の足はふらふらと学校の屋上に向かっていた。中学の時もそうだったけど、そこなら誰にも邪魔されずに眠れると思ったから。












 屋上のドアは、あっさりと開いた。とりあえず立ち入り禁止ではないらしいことをまず僕は覚えた。ドアの向こうを見渡してみたけれど、屋上の上には、縁と出入り口が作ったもの以外に、影がほとんど見当たらなかった。言い換えると、ほとんどの場所が日の光にさらされていて、触れると熱を感じた。



 いい場所だ、というのが結論だった。実際どうなのかわからないけど、今のところ人の気配はなくて。静かで、暖かくて――ゆっくり眠れそう。






 適当に、影のない縁にもたれて、全身の力を抜いて座り込んで、ゆっくりと息を吐いて、そして目を閉じる。ただそれだけで、眠気に包み込まれていくような感覚が、体中を駆け巡っていく。



 意識が薄れていくのが、珍しく自分でもはっきりとわかる。とろん、とろんと。どこか深いところにゆっくりと落ちていくような。いや、落ちるといっても文字通りの落下じゃなくて、ふわりふわりと浮かぶような感覚で、ゆっくりと下へ降りていくような。



 外だというのに、枕だって無いし布団を被ってすらいないのに、このまま夢すら見ないような深い眠りに落ちていけそうなくらいに気持ちのいい感覚で、僕は屋上の端っこに力なく座り込んでいた。












 そうして、誰も知らないところで、ひとり、僕はゆっくりとまどろんでいた。






 そうして、誰も知らないところで、ひとり、僕はゆっくりと落ちていっていた。






 そうして、誰も知らないところで、ひとり、僕はゆっくりと時間を過ごした。






 そうして、誰も知らないところで、ひとり、僕はゆっくりと眠り続けていた。
























 眠りの終わりのきっかけは、いつもよくわからない。起きた時に思うのは、もうこんなに時間が経ったんだとか、そういうようなこと。



 目を覚まして、顔を上げて、あたりを見回すと、明るかったはずの空は、もう日が沈みかけて、紅く、暗くなっていて。そして暖かかったはずの空気は、感じた瞬間に少し体が震えてしまうほど、冷たくなっていて。眠りに落ちる直前にこの場所にあった気持ちよさは、今はもう、どこにもなくなっていて。



 だけど、確かに僕は覚えていた。初めてこの場所、この学校の屋上に来た時は、確かに空は明るくて、空気は暖かくて。今日はもう、その時間は終わってしまったらしいけど。今日の太陽はもう沈むけど、明日になればまた昇るだろう。だから、今日はもう無い暖かさも、明日になればまたこの場所にあるのだろう。



 いい場所を見つけた。そんな実感が、僕の中に強く駆け巡った。












 とりあえず今日はもう帰ることにして、縁に手をかけて立ち上がって、両腕を空に向かってんーっと伸ばして。






 出入り口をくぐりかけて、もう一度屋上という場所全体を見渡して、軽く息をついてから。






 ゆっくりとドアを閉めて、僕は屋上を後にした。













お題バトル参加作品
テーマ:惰眠
お題:屋上 陽気 吐息 堕落  生物 (太字は使用お題)
参加者:神秋昌史さん、SHASHAさん、さん、平塚ミドリさん、無我夢中さん、竹田こうと
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