漂う少年、彼の朝

 たまに、朝とも言えないような時間に目を覚ますことがある。
 前日、日付が変わらないうちにベッドの中に潜り込んで――僕の中ではそれは床につく時間としては早い方で。
 ただ、そうした時間に眠った時に、こうして早すぎる目覚めを迎えてしまうことがある。
 目を覚ましている、というのはそういう感覚しかない。マンションの電灯も消えていて、部屋の中は目を閉じているのと同じくらい真っ暗で。


 とりあえず視界を明確にしようとして、明かりのスイッチを手探りで探す。出入り口のドアの近くにあるはずなので、壁伝いにそこを目指して。怪しい足取りでなんとかたどり着いて、スイッチオン。途端に白く輝く電灯に、目がくらみかけて思わず手でひさしを作る。


 少し待って、明るさに目を慣らしてから、壁時計に目をやる。針は4時半の付近を指していた――本当に早すぎる目覚めだった。
 かと言って、明るさに慣れて、一度起きてしまったことから眠気も薄らいでいて。もう一度布団を被る気にもなれないので、このまま起きていることにして。とりあえずは残った眠気をどうにかしようと、洗面所に向かい。冷たい水を浴びてすっきりさせる。


 とりあえず、今日は何曜日だったかを確認しようと思った。別に何月の何日だかはあまり興味がない。普通なら、僕の生活のサイクルは、学校に行くか行かないかで分かれるのだから。
 昨日は何曜日だったかを思い出す。昨日は金曜日で、クラスメイトの誰かが、どこか疲れきったように『連休ひっさしぶりー』とかぼやいてた気がする。たしか、祝日が近いという記憶はなく。それでも1ヶ月の中には2連休が2回あるわけで――第2か第4の土曜日か、今日。






 2連休の初日にこう朝早くに目覚めてしまったとなると、大した理由もなく、あることがやりたくなる。もしこんなパターンの早起きをしても、もしも今日が平日だったならば、行動を起こすことはなかっただろうけど。あいにくと、今日は休日で。要するに、条件が整いすぎていて。


 洗面所の電気を消して、今のところ家の中で唯一明るい自分の部屋に戻る。そのまま机に向かって、メモ用紙とボールペンを取り出して、さらさらっと内容を書く。それから、これからやろうとすることのために、寝巻き姿から着替え始める。今は、学校の1学期がもうすぐ終わりに迫っている、7月の半ば頃で。暑さは結構真っ盛りな時期で。だからそれに合わせて、Tシャツと薄手の長ズボン、それにサマージャケットを用意する。ただし、色合いは紺とか茶とか黒とか、暗い系のものばかり。特に黒は日光を吸収して暑くなりやすいって聞いたことあるけど、それは気にしない。
 そして最後に、これからの行動において欠かせないものとして、紺の布切れを1枚出してくる。折りたたんでおいたそれは、しかし広げるとよれよれになっている。使い始めてから、洗濯もアイロンがけもやったことがないんだから、当たり前――敢えて、洗ったりはしなかった。
 正方形のそれを対角線で折って三角形にして、その状態で頭を覆うように巻きつける。しっかりと後ろでぎゅっと結んで、小さなナップサックに財布と生徒証を突っ込めば、準備完了。


 ナップサックを背負い、部屋を出て、最後にリビングに向かって、食卓のほうにさっきのメモをわかりやすいように置いて、僕は外に出た。
 メモには、こう書いた。






 『出かけます 明日には帰ります ご飯はいりません 漂』






 マンションから出ると、起きたばかりのような真っ暗ではなく、日の光が少しずつ浮き上がらせつつある、見慣れたものとは違う薄暗い風景に出迎えられた。夏にしては少し冷たい空気が肌に触れたが、その冷たさは思わず体を震わせてしまうほどのものではなく、むしろ日中の暑さが印象的なこの時期においては気持ちよく感じられた。日はまだ昇りきってはいないけれど、街灯がなくても問題なく歩いていける程度に、外は明るくなっていた。
 そんな外に出て、僕は最寄の駅を目指して歩いていた。普段、電車は必要がないので使わないけれど、今日のように、必要以上に早起きしてしまった上に休み続きという条件が重なると、ふらりと遠くに出かけたくなる。時々、自分がまったく何も知らない場所へと行きたくなる。無性に、と言えるほどの衝動じゃないけれど、こういう行動に出て、悪い気分で帰ったことは一度もない。


 特にこれといった理由があるわけじゃないけれど、僕にとって、言うなれば趣味の1つのようなものだった。世間一般の言葉で言えば、放浪癖というやつで。






 きっかけは中学1年の冬だった。小学校時代から続いていじめに遭い、それに対して精根が尽き果てるほどの反抗を繰り返して、学校どころか世間が嫌になりかけていた時期。何もかも投げ出して、誰も知らない場所に行きたいと思って。
 だけどその頃は学校が嫌だと言いながらも、枠を外れることはできなかったから。できるだけ学校から問題視されないように、冬休みに入ってから、家には書き置きを残して決行した。


 放浪癖と言っても大したことじゃない。ただあてもなく、行った事のない駅までの切符を買って、電車に乗ってそこを目指して、そしてその駅で降りて、ふらふらと歩き回るだけだ。
 なんだけど、それだけのことが僕にはとても心地よかった。知らない場所を1人で歩いて、知らなかった風景をこの目で見ることが、すごく爽快で。初めてその感覚を知って、心が洗われたような気分になった。


 初めて放浪をして戻った時は姉さんに怒られたけど、僕が感想を語ると、姉さんも嬉しそうに笑った。それがまた嬉しくて。その時に、次にこういうことをしても許してもらえるように懇願して、そして僕は放浪を趣味にした。


 何回か繰り返していると、少しずつ心にも余裕が出来てきたのか、学校生活のほうもゆとりが出るようになって。すぐにいじめが無くなったわけじゃなかったけど、少しずつ余裕を持った対処法を覚えていって――こうして放浪することがなかったら、今の自分は多分ないだろうと思う。






 ちなみに、今の放浪のやり方は、初めての時と何も変わっちゃいない。やろうと思った時に旅衣装に身を包んで、書き置きを残して朝早くに家を出る。ただ、初めてのときは日帰りだったけど、今は連休を利用して、適当に野宿して、1日置いてから家に帰ることも珍しくない。ちなみに今日は書き置きにも書いてきたとおり、最初から行き先で公園でも探して寝泊りするつもりだった。


 いろいろと考えながら歩いているうちに、最寄り駅の改札口前に着いた。もともと家から歩いて10分とそんなに遠くはなく、出かけた時間の都合もあって、駅はまだ開いていなかった。


 それならそれで、待てばいいだけの話。時間が時間なので、待つだけでも楽しい。歩いている間にも太陽は昇ってくるけれど、待っている間はその太陽に視線を向けて、眺めていることもできるから。


 光景の彼方にくっきりと見える、赤くて丸い太陽を眺めて、なんとなく心を弾ませながら、ぼんやりと考えた。






 さて、今日はどこに行こうかな。













お題バトル参加作品(掲載時修正あり)
テーマ:朝 
お題:寝起き、電話(使うの忘れた!(死))、起爆剤、暁
参加者:哉桜ゆえさん、無我夢中さん、久能コウキさん、竹田こうと
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