いよいよ文化祭まで日が迫ってきました。
 今日はその日まであと一週間ちょっとというところで、三年のクラスのほとんどが行う演劇や、軽音楽部や吹奏楽部が行う音楽の舞台の練習、要するにリハーサルが盛んに行われる時期に差し掛かっています。そういう舞台組の数は結構多いんですけど、ひと組が舞台を使っている間は他の組は一切リハーサルができないので、結局のところひと組あたりの回数はそんなに多くできません。
 ちなみにその舞台というのはもちろん体育館なわけで、今日は体育館で後夜祭バンドのリハーサルをする予定です――が、他のみんなは集まってるのに肝心の主役が来ていません。かと言ってみんな総出で捜しにいくわけにはいかないので、バンドメンバーのみんなはとりあえず音合わせをするということで舞台に残り、臨時カメラ係のあたしこと宮月草那がまだ来ない主役を捜しにいくことになりました。
 でもその人はものすごく近くにいました――体育館の裏手で壁にもたれて眠っていたのです。もしかしたら体育館に来たのはバンドのみんなより早かったのかもしれません。でもそれならどうして舞台に行かずにこんなところに眠っているのでしょう?
 ――疲れているのかもしれません。ここまでの日々は彼にとって慣れないことだらけです。しかも最近はいじられキャラとして定着しちゃってる部分もあるから、当の彼は精神的な面でいちばん疲れが溜まっているのかもしれません。
 でも、さっきも言いましたがリハーサルができる回数はそんなに多くありません。今日という日だって相当貴重ですから、どれだけ疲れていたって今日はちゃんと参加してもらわなくちゃいけないのです。別に風邪引いて体調崩したというわけではないんですから。
 とはいえ、このままあっさりと起こしてしまうのもなんだかもったいない気がしてしまいます。今、あたしの目の前で、彼は無防備に眠っています。意外とかわいかったりする寝顔だって、バッチリ拝めちゃいます。しかも今、あたしの手にはDVDカメラがあったりするわけです。
 ――起こす前に撮っちゃえ、と思うのは当たり前ですよね? カメラの画面越しに、じぃ〜っくり堪能させていただきますよー。

 まずは横顔から。彼に向かって右側のほうにカメラを向けます。
 男の子にしては髪が多く、あちこちの方向にすごい勢いで撥ねています。超ぼさぼさです。こういうのは猫っ毛というのでしょうか。あまり手入れされた感じには見えませんが、髪質そのものは綺麗そうです。それにこのぼさぼさ頭も、わざわざ整髪料で整えたというわけじゃなくてたぶん天然なんでしょうけど、なんとなく彼にはよく似合っている気がします――あたしの場合は見慣れたからだというのもあるかもしれませんが、一方で他の友達の女の子にも評判が良かったように聞いた覚えがあります。
 続いて真正面に行きます。画面いっぱいに彼の寝顔が映ります――正直、男の子なのにどうしてこんなにかわいいのと思ってしまいます。無防備だからでしょうか、彼の魅力とはそういう形で出るものだということでしょうか。ああ、なんだか我を忘れて抱きしめてしまいそうです――それをやっちゃうと彼は目を覚ましてしまいますから、我慢、ここはガマンです。
 次はカメラ自体を少し引いて、彼の全体像を映します。両足を前に放り出して、上半身は後ろの壁にもたれて、ぐっすりと眠っています――彼がこういう体勢で眠り慣れているのはあたしもよく付き合うので知っていますが、それにしても気持ち良さそうに寝てるなあと思います。
 こういうのを含めて、いろいろな意味でうっとりと見とれてしまうような寝姿なので、起こしづらい感じがしてしまいます。ああでもわかってますよ、後でちゃあんと起こしますよ。先にリハーサルに入ってるみんなを長くお待たせするわけにはいきませんから、ね?
 でもこんな姿を撮影するチャンスなんてあまり無いと思うんです。だからもうちょっとだけ時間をください。まだまだあっちからこっちから、隅々まで撮影しちゃいますよ〜。うふふふふふ。




「え、ちょ、ま、みっちゃんなにこれなにこれ! お宝じゃんお宝ー!!」
「ミズイちゃん、興奮しすぎだよ〜。鼻血出したりとかしないでよ?」
「ナエ、アンタそんなこと言うけどこれ見てなんとも思わないの!? 何よこのお宝映像! てか反則よこんなのー!!」
「うわ、なんか呼び捨てられてるしー……まあ、でもねえ。いい画撮ったね〜」
「あはは、大好評ってところかしら? でも、これ見たって本人には言わないでよ? あたしだって言ってないんだから」
「え、なんで? 起こしたときに聞かれなかったの?」
「聞かれたけどね、なんでもないって言ってそれで終わりだったわ。でもこんなの撮ってたって知られたら」
「暴れそうよねー。ものすごくさ、顔真っ赤にしちゃってさー?」
「あー、最後の台詞取られちゃったー。うん、でもそうよね、っていうかよくわかるわねナエちゃん、まだそんなに面識ないのにさ?」
「わかるよー。咲良くん、結構わかりやすいもん。なんだろ、話す前と後で全然イメージ違うけど」
「どっちにしたって誰にも言わないわよ! このDVD放送部から出さないんだからね! むしろあたし持って帰って今日じっくり見るからねっ!」
「はーい、それはいいけど持って帰るならコピーしてねーミズイちゃん? あと、これって本番用には使わないよね?」
「使えるわけないでしょー。メイキングだからって、配布用のほうは漂くんだけじゃなくてちゃんと全員参加の映像使わなきゃ」
「全員参加、だけどあくまで全員が映ってる必要はないわけよね? 声だけでも十分参加してることにはなるし」
「わかってるじゃな〜い、さすがナエちゃん」
「わかるわよー。ていうか正直、そういう方向で期待するから。次もいいの頼むわよ、カメラ係さん?」
「はいはーい。あ、そうそう忘れるトコだったわー。これ、リハーサルの分ね。さっきの寝姿映像と分けといたから」
「ホントはこっちを先に渡すべきよね、みっちゃん。まぁいいわ、どうもー」
「だって最初のやつのほうが興味あるかなーと思ったんだもん。じゃ、渡したからね」
「はーい、おつかれさまー。ほらミズイちゃん、みっちゃん帰っちゃうよー?」
「あ、帰るの!? みっちゃん、ありがとねっ! あたし幸せ、すごい幸せっ!」
「どういたしましてー。じゃ、またねー」


 実際問題、あの映像に関して。ミズイちゃんは反応がものすごくて、ナエちゃんも突っ込んでましたがほっとくと鼻血出しちゃいそうで心配になりました。一方でナエちゃんみたいに淡白な子もいるにはいたけれど――何にしろもし流出しちゃったりしたら、学校は大変なことになるんじゃないかなと思いました。
 そうなればさすがに漂くんにとって気の毒なことになりそうなので、ミズイちゃんが誰のところにも出さないと言ってくれたのは、正直ほっとしました。あれは出回らないほうがいいのです。そのほうが静かでいいと思います。
 それでもあたしはあの映像を思い出すと、顔がにやけてくるのを止めることができません。それくらい、彼の寝姿というのはかわいらしくて良いものだったのです。本人に気づかれないまま、本当に隅から隅まで撮ることができて――
 じゅるり、なんてね――これって食べた後というより食べる前の仕草なのかしら。とにかくとてもとても美味しく堪能させていただきました。
 ごちそうさまでした。まる。