「っていう風に昨日思いついたんだけど、どう?」
「遊んでる場合かよ……ったく、咲良のヤツ」
「いや、面白そうじゃん? それにずーっとここ篭もって練習っつーのもアレだし」
「オレも賛成。そういやしばらく叩いてなかったっけ、あそこ」
「お前等まで乗るのかよ……あぁ、ゲームのほうがギターにドラムだもんな」
「ベースは無いもんなぁ。けどそう腐んなよ」
「別に。遊んでんじゃねェっつってるだけだ」
「ちょーっとー。誘ったのはあたしなんだから、そんなに漂くんが悪いみたいに言わないでくれる?」
「そーそー。そんなに突っかかってんの、ゲンちゃんだけじゃん?」
「それに咲良、結構真面目にやってると思うけどなぁ」
「うるせェな、ほっといてくれ」
「まーまー、落ち着けって。あ、宮月、俺な、お前のおかげでいいこと思いついたんだけど。みんなも聞いてくれ」
「え、なになになに?」
「いや、俺と裕星がセッションするだろ? その真ん中に咲良に立って、歌ってもらうんだ。どうよコレ!」


「ちょっと待てこらー!?」


 なんっつーこと言いやがんだ――そんな思いを込められるだけ込めて叫んだ声で、ようやく話に割り込むことができた。それまで全員が盛り上がりすぎていて、僕が何を言っても聞き入ってはもらえず、その挙句にとんでもない提案が持ち出された。やっとのことで全員の視線を集め、その中から僕は白共を思いっきり睨みつけて、言葉を叩きつける。
「それ、いっちばん恥ずかしい思いすんの、僕じゃん!? なに考えてんの!?」
「いやぁ? 練習だよ練習。お前、本番だって人前に立つんだぞー?」
 しれっと言い返されて、怒りが早くも揺らいでしまった。ちょっと納得しそうになったが、それにしたって――
「文化祭のお客さんとゲーセンの客とって、全然違うだろ!?」
「全然ってほど違わねェよー。アレだ、お客はみんななすびと思えって言うじゃん。アレ、なすびだったっけ?」
「え、かぼちゃじゃないの? 私はそう聞いたよー」
「漫才はいいからっ……! うわもうなんか今から身体すっごい火照ってきてんだけどー!?」
 暑い。恥ずかしすぎて無茶苦茶暑い。服を全部脱いでも足りないくらい暑い。いや、漢字にすると『熱い』なのかもしれない。とにかく、身体の中が沸騰でもしてるみたいに熱くて、眩暈のように視界が揺らいだ。ぐらぐらぐらぐら。
「……あー、やっぱダメかなー」
 そんな僕を見てか、聞こえてきた白共の声は明らかにテンションが下がっていた。そこで落ち込むなよ冗談だって言えよちくしょう悪い気がしてきたじゃんかよくそったれ――熱さの代わりに今度は罪悪感が込み上げてきて、泣きたくなった。
「ちょっと、咲良、だいじょぶか? 恥ずかしがるのはわかるけど、そこまでいくとは思わんかったわ」
 そう言葉をかけてきたのは湖島だった。何も言いこそしなかったが、その気遣いにも落ち着ける気はしなかった。なんだか僕が弱いみたいじゃないか――そんな実感が自分の中をよぎる。
「やめとけよ、無理させるこたない。人前に立つってことがどういうことか知らねんだよ、コイツ」
「いや、待てよ、そりゃねーだろ! ってかお前ホント咲良のこと敵視しすぎだって!」
 相川が毒づいた時、なぜかいきり立ったのは啓太だった。二人が睨みあいになり、場の空気がどんどん悪くなっていくというのがやけにリアルに感じられて――
「や、喧嘩しないで……しないで。やるよ。やる。やるから」
 一転して冷え切った身体をぶるっと震わせながら、止めに入る。え、という驚きの声とともに、視線が再び僕に集まる。
「わがまま言って、ごめん。人前に立ってやるステージなんだよね、うん」
「おい、いいのか? 今無理することねーんだぞ? 後日でもいいし」
「やる」
 提案者ということもあってか一層心配そうな声をかけてきた白共に対し、それまでの恥ずかしさが嘘のようにきっぱりとした口調で、僕は答えていた――このスイッチの入り方はいったいなんなんだろう、と自分でも思う。
 けれど当たり前だが説得力はなくて、集まっている視線は不安そうなものだった――と思っていたら。
「やるって言うんならやっちまおーぜ? 本人が腹くくってるうちにさ」
 ――またタイミング良いなコイツ――そう思わされる時の湖島の声は、重い空気に似合わない軽さを含んでいた。空気を読んでないということではないだろうし、むしろ空気の重さを取り払う効果を含んでさえいるように思える。
「……それもそうだな。咲良、いけそう?」
「うん。なんとか」
 返事をしてから、少し深呼吸をした。それとともに話は決まったらしい。
 こうして今日の部活は早々に切り上げられ、バンドメンバーに宮月と啓太を加えた合計七人で、再びゲームセンターに向かうことになった。




「……ところでさ、肝心のゲームのほうは、二人とも大丈夫なの?」
「あー、問題ねーよ。まあ基本は部活と家での練習だけど、ゲーセンだとちゃんと音楽流れてる中で弾けるから、結構いい練習なるんだよ」
「そうそう。で、やった後にギャラリー出来てたりするとこれが気持ちいーんだよなー?」
「なー?」
「……なー、ってことは。前々からセッションやってたってこと?」
「あったりまえじゃん。やんなくてどーするよってカンジ!」
「ただ、ドラムはオレばっかだけど、ギターのほうはダイシだったりゲンだったり、時々変わるけどな」
「え、相川も? ……あ、そっか、ベース無いから」
「そう。だから文句は言うけど、アイツもなんだかんだでギタフリ上手いんだよ」
「でもアイツ、一回変わってみねーかって言ったことあんだけど、本気でベース志望みたいなんだよな」
「……本気、かぁ……だから臨時参加の僕が気に食わないのかな」
「あー、それは気にすんなよ。何だったらこのまま正式にボーカルやる?」
「ごめん、それはまだ保留にさせて? ……ある意味、これから試されるわけだよね、その、度胸?」
「あははは、そんな堅苦しく考えんなって! ……つっても無理か。ま、俺らは味方してやっから、そこらへんは安心しな?」
「……うん」


「さっ、てっ、とー。準備いいかー?」
「こっちオッケー。咲良、どうだ?」
「……うん……、オッケー」


 どくん。どくん。どくん。
 心臓が強く鳴る。ゆっくりと、その時が迫ってくる。
 ゲーセンまでの間、白共と湖島がずっと会話に付き合ってくれていたおかげで、提案された当初に比べると遥かに静かに、落ち着いた状態に戻れていた。
 大丈夫。いける。やれる。だいじょうぶ。

 ――音楽が鳴りだした。
 右の白共、左の湖島が、音を刻み始めた。


 僕は、大きく息を吸い込んだ。