飛んでる鳥がいる。



 飛べない俺がいる。



 飛ぼうと努力する。



 でも飛べないままでいる。







 それは不公平だ。



 そう思ってもみる。



 そんで飛ぼうと努力する。



 やっぱり飛べないままでいる。

























 昔から思っていた。
 鳥ってのはうらやましいなあ、と。


 だって、鳥は飛べるから。
 自力で空を飛べるから。


 それに俺は強く憧れた。
 物心ついた時から、高校生になった今まで、変わらずずっと。


 鳥が飛んでいるのはうらやましい。同時に、飛んでいる姿は格好いい。
 時にはばたき、時に羽を広げて滑空し、空の中を自由に動き回る。その姿が格好よかった。
 格好いいから、なおのことうらやましかった。











 パン。



「でっ」

 物思いにふけっていたところ、突然固くて平べったいもの――出席簿で頭を叩かれた。

「羽鳥……話、聞いていたのか?」
「あ……すいません、聞いてませんでした」

「何回注意したらわかるんだ。授業中はちゃんと前を向いて、話を聞け。
  出来ないようなら、お前、場所代われ」
「え、あ、それは勘弁してください、すいません」

 ちょうど担任の授業だった。警告を受けて、慌てて謝る。
 しかし、今俺の席は窓際。絶対、代わりたくない場所だった。


 教室から空を眺めるのには、やっぱり窓際の席に座るのが一番いいから。



 ひとたび俺が席替えで窓際の席を引き当てると、どうしてもさっきみたいな注意を受けることが多くなってしまう。
 確かに、先生の視点で見れば面白いことではないだろう。
 放っておいてほしいとは思うが、それはさすがに我侭なんだってことは俺にもわかる。
 授業を受けて、勉強して、やがては大学に進んで将来の道を固めていくのが、とてもとても大事なことなんだってのも、わかっているつもりだ。
 ――――頭では。


 けれどそれでも、授業ってのは全然優先すべきことじゃないのだ。少なくとも俺にとっては。
 授業ってのはつまらないうえに、聞いてると眠くなるばかりだし。本当に退屈なだけだ。

 退屈は嫌だ。


 けど俺は、空を眺めていることでその退屈を紛らわすことが出来た。
 厳密には空を眺めることというより、空の中を飛ぶ鳥を探すことがそうなんだけど。
 見つけたら、その鳥の動きをずっと目で追っている。――――大抵、数秒程度でどこかへ飛び去ってしまうけど。
 でもその数秒は、たまらない気持ちになった。
 だから、たとえ何度注意されようと、俺は懲りずに授業中も空を眺めていたりするのだった。

















「ホント、懲りないねー。授業中に最低1回は見れるもんねー」

 授業全部終わった放課後になって、気安く話しかけてくる女子がいる。
 校舎を出た、すぐ後のことで。

「うるせーな、ほっとけよ。何か用かよ」
 ぼんやり空を眺めながら受け答えをする。

「何よー、そっけないわね。こっち向いて答えなさいよ、空好きソラト」
「ほっとけよ。俺がどうしようと俺の勝手だろ。それに、鳥っていつここの空通るかわかんねんだぞ」
「だって、まともに取り合ってもらってないみたいだもん。何、ひょっとして人間より鳥に恋してるってゆーの、鳥好きハトリー」
「あー、勝手にしろ」

 鳥が好きで鳥を見つけるために空を眺める。
 そんな俺の性格に当てはまりすぎる名前を、俺は持っていた。羽鳥空斗という。

「勝手にしてますよーだ。あたしがあんたに話しかけてるのだってあたしの勝手でしょ」
「別になんもねーぞ、物好きヤッコ」
「あーもー、そればっか! なんもないと話しかけたら駄目ってなわけないでしょ! それにヤッコゆーな!」
「へーへー、気ぃつけますよヤコさん」
「……こっち向かないでそう言われると、すっごい腹立つんだけどな〜……?」

 勝手に話しかけておいて、勝手に腹立てられてもなぁ。
 もっとも、話し相手――平山弥呼が今どういう顔をしてるのかは知らない。
 俺はずっと、空を眺めながら会話していたから。相手の、弥呼の顔を見てなかったから。



 弥呼とは幼馴染のようなもんだけど。それでも、弥呼相手より、空を眺めて飛ぶ鳥を追う方が、俺は好きだったりした。
 実質、無視してるようなもんだった。それなのに、どうして弥呼はそんな俺に構うんだろう、と思ったりすることもあった。

 結局、帰り道、空を見ながら歩く俺に、弥呼は何を言うでもなくついてきた。
 これはもう、いつの間にか習慣になってしまっていて。最初はややうっとうしかったんだが、俺も何も言わなくなった。

















 学校を出て歩いて、街の公園にたどり着く。
 習慣になっていると言えば、これも毎日のことだった。何故毎日公園に通うのか。
 理由は単純明快。


 公園には鳩や雀がたくさんいる。


 学生の下校時間なので、ところどころに数人で溜まってる学生の集団も見かける。そのおかげで公園はやや騒がしい。
 時々、その学生の何人かが、鳥たちに軽くエサばらまいてんのも見かける。





「はー、毎日毎日、飽きないよねー」
「だって、ここって毎日ほぼ確実に鳥いんだもん」

 言いながら、公園中央の石畳で憩いの時を過ごしている鳩やら雀やらに近づく。
 で、何するかってーと。


「てい」


 かけ声と共に、鳥たちの近くで思い切り石畳を踏みつける。音を鳴らす。

 すると。



 ばさばさばさばさばさばさばさ。



 鳥たちは驚いて、逃げるように散り散りになって飛んでった。
 羽を思い切りはばたかせて。
 俺はそれを凝視していた。見逃さないように、心に焼き付けようとするように。

「……あー、またそういうことするの? やめなよー、せっかく鳩も雀も休んでたのに」
 弥呼が呆れて言う。
「…………、だって、鳥が飛んでるのって、カッコいいんだし」
「だからって、無理矢理飛ばすことないじゃないのよ。そんなことばっかりするから変人扱いされるのよ」
「別にそれはいーよ。周りがどう思おうが、興味無ェし。……それに、どうしたって俺飛べねーもん、鳥みたいに」


「変なのー。今は人間だって空は飛べるじゃないの。なんでそんなに鳥にこだわるの?」

 笑いながら弥呼は訊ねてきた。
 っても、向こうはくすくす笑ってる。同じことを過去に何回も訊いてきたから、俺が返す答えも弥呼は知っているだろう。
 それを知っていつつも、俺もいちいち答える。

「バッカ。飛行機とかはな、ありゃ飛んでるって言わねェっつの。ただ空の中、まっすぐ動いてどっか行くだけじゃん」
「えー、でもそれ言ったら鳥だって同じ時あるじゃない。羽広げて滑空してさ」
「でも鳥は自由にカーブしたり、時々はばたいたりするだろ。あれがいいんだ、あれがカッコいんだよ。飛行機にんなこと出来るか?」


 確かに、飛行機は人間が鳥に憧れ、空を飛ぶために作られた乗り物だ。
 けれど、俺から見たら。飛行機というのは、鳥に比べて、ただ無機質に空を飛んでいる、いや、空を「動いている」ような感じにしか見えないのだ。
 去年行った沖縄修学旅行のときに初めて乗ったが、その時も「空を飛んでいる」って実感は全然湧かなかった。

 それに比べて、鳥は随分と自由に空を飛んでいるように見える。
 時に羽を広げて滑空し、時に羽を懸命にはばたかせて。空中を自由に動き回って、たまに空中でくるくると円を描くパフォーマンスを見せてくれたりする。
 それらが俺はたまらなく好きで、またたまらなくうらやましい。


「そんなムキになって力説することないじゃないのさー。だけど、だからってわざわざ脅かして飛ばさなくても」
「……それは、まぁ、なぁ……つい……」
「つい、って。鳥の休む機会を奪っちゃってるんだよー。憧れてるくせに、ひどくない?」
「…………う、うっせぇ! もう今言ってもどーしょうもねーだろっ!」

 言い返せなくなって逆ギレしてしまう。それを見た弥呼はさもおかしそうにくすくすと笑う。
 ――――実はいつものことだったりする。









 鳥は好きだ。鳥は自由に大空を飛ぶ。その姿に俺は強い憧れを持っている。
 叶わない願いだけど、それでも自分で飛べたらいいのにな、と思うことがよくある。

 もし空を飛べたなら、いつも俺の憧れに笑って茶化して付き合う弥呼にも、自由に飛び回る鳥の視点を見せてやれるのに。



 人間関係には興味がないと言った。けどまあ、弥呼とは長い付き合いもあって、あんまり無視も出来ない。
 わりと、俺の手綱を握ってくれているのも弥呼のような気がする。
 弥呼のおかげで、こんな俺でも学校になじんでんのかなと思う。まあ本当に周りがどうだろうと興味は無いのだけれど。

 だから、空の視点を見せてやりたいっていう途方も無いことは出来なくても。
 弥呼には何か礼がしたいかもしれない、と思う。



 でも、出来なくても、やっぱり思いを馳せてしまうのだ。

 空、飛びたいなあ。でもって、弥呼にも見せたい、というか一緒に俺も見たいなあ、空の視点を。
 こんな感じで。







 だから。

























 飛んでる鳥がいる。



 飛べない俺がいる。



 飛ぼうと努力する。



 でも飛べないままでいる。







 それは不公平だ。



 そう思ってもみる。



 そんで飛ぼうと努力する。



 やっぱり飛べないままでいる。













 自由に空を飛べりゃ、そこにある世界はどんなだろう。



 一度でいいから見てみたいや。













 だから俺は憧れる。



 バードマンになりたがるのだった。
















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