そこは荒れ果てた地だった。
 乾ききり、ひび割れた大地のみが広がっていた。
 それを見て思う。この地への水の恩恵が途切れてから、一体どれほどの時が刻まれたのだろうか。
 まるでその荒地は、はじめからこのような形で存在していたかのように、乾ききった姿を晒していた。





 その荒れた大地を歩く。
 乾いた地表はところどころが脆くなっているのか、私が踏みしめた途端に崩れることも多かった。
 ――崩れた地表の下は深さこそ様々だがどこも空洞になっていて、それは自然の落とし穴と言っても通用しそうなものだった。
 幸いなのは、今のところはどの穴も、自力で出てこれないほど深くはないということだった。

 また、乾いた地表上のところどころに、草が生えていた。とは言うものの、その背は低く、またあまりにも緑というには薄い色をしているものばかりだった。
 この荒地にはやはり水が無いと言うことを実感させるには十分であった。





 この荒地の中で生物が生きていくのは、不可能ではないかもしれないがひどく困難な事であろう。
 そう感じさせる目の前の荒地は、されど大きな存在感を持っているようにも思えた。
 地球の存在の始まりし頃から、厳然とそこに存在しているものという錯覚を起こしてしまいそうな。


 

 そう、この荒地が昔から存在しているように思うのは『錯覚』に過ぎない。
 私は30年程前にも同じこの地を訪れた事があった。
 同じ地、同じ場所のはずなのに、今のこの地は30年前とは全く別の場所のように思えた。









 今はどうしようもないほど荒廃してしまったこの地は、30年前は緑一面がとても美しくて印象的な草原だった。





























 私は30年前にもこの地を歩いた。草々をかきわけながら。
 その中に隠れるようにして、美しい花が咲いているのを幾度となく見かけた。
 どの花でも、蜜を求めて蝶や蜜蜂が止まりに来る光景を、ひっきりなしに見ることが出来た。
 先程は緑一面の草原という表現をしたが、草原のところどころに木が立っているのも見かけた。
 それらの木に、花に集まる蝶や蜜蜂は住んでいたのだろう。

 草食や肉食の動物が住んでいる気配はなく、まさに草の楽園のように思えた。
 そうして、手をつけてはならない自然の風景のように思えた。











 その地が牧場になると聞いたのはそれから2年後のことだった。
 どこかの業者が、環境の良さに目をつけたらしい。遅かれ早かれ、そうなると思ってはいた。
 しかし、その時は一片の危機感も持たなかった。
 思い返せば、私はその牧場には一度も足を運んだ事が無かった。





 牧場がつぶれたと聞いたのはその5年後だった。あまりにも早くに訪れた終わりだった。
 あれだけの大草原の上に構えられた牧場が何故、と始めは思ったが、理由はさほど難しいものではなかった。
 牧場の経営者が、牧草とのバランスを無視して家畜を増やしていったため、土地は瞬く間に痩せていき、ついには草は生えなくなったということらしい。
 その地はその後、後始末すらされずにあっさりと見捨てられた。


 私はその時、牧場の経営者をひどく愚かしく思った。
 大自然というものを使えるだけ使い、使えなくなったと知るやあっさりと捨ててしまったのだから。
 あたかも、使い捨ての製品のように。






 だが、私自身もまた愚かだった。
 強く惹かれた大草原の上に、ほぼ無計画に牧場が作られたと知りながら、私は何もしなかった。
 内心、1人で反対してもどうしようもないと思っていたらしい。そんな自分を憎らしく思った。
 1人が駄目だと思うなら、どうして有志を募らなかったのだろう。

 私は後悔した。
 後悔―――もう時は既に遅し。



























 それから23年の月日が流れた今。私は、かつては見渡す限りの大草原だったこの地へと、再び辿り着いた。













 そこは荒れ果てた地だった。







 太陽の下、熱風が吹きすさび、大地は乾ききり、ひび割れていた。

















 この地が大草原を形成するには、私にはとても想像などつかないほどの、長い、長い時間がかかったのだろうと思う。

 それが、人間の傲慢さに満ちた行為のせいで、わずか30年足らずで、生物が住むにはひどく困難な、荒れ果てた地へと変貌してしまった。




 思えば、人間の破壊行為はこれだけに留まらない。

 どこかの海でタンカーが座礁事故を起こし、大量の重油を流出して海を大いに汚した。
 巻き込まれて多くの水中生物が命を奪われた。

 どこかの工場あるいは道路を走る車によって排出されたガスが空の雲に混じり、別の地に酸性雨となって降り注いだ。
 酸性雨を受けた森とそこに住む生物は、大半が死滅状態に陥った。

 そしてこの荒地のように、どこかの森林やどこかの草原が、人間の無計画な開拓――森林なら伐採、草原なら牧畜と言ったところか――のせいで、緑を失って砂漠化し、生物が住むには困難な環境となった。



 こんなことが続けば、いずれ地球という星には生物が住めなくなる。それは誰の目にも明白な事であろう。
 それを知りながら、なおも人間は目先の発展のために地球の環境を悪化させていく。



 我ら人間のこの行為は、自分の部屋を散らかしっぱなしにする子供というものと同じなのではないだろうか。
 地球という自らの部屋を、元に戻せないほど汚し、散らかしている。―――少なくとも私には、大差ないように思えた。同レベルだと思った。















 かつて、この地は大草原だった。
 誰かがここに牧場を作り、家畜が草々を食らいつくし、土を踏み固めた。
 牧場経営が上手くいかなくなったと判断されるや、すぐにこの地は見捨てられた。
 固くなった土は以前のように草々を茂らせることが出来ず、やがて長い年月を経て、この地はひび割れた地表を晒す荒地となった。
 ――長い年月とは人間にとってのもので、大草原が形成されるに至るまでに比べればはるかに短い時間だった。













 人間は、自分の部屋を散らかしっぱなしにしている子供と同じだ、そう思えてならなかった。



 この荒地は、人間が軽い気持ちで捨てたゴミと同じだ、そう思えてならなかった。













 そう感じた事が、ひどく恐ろしい事のように思えてならなかった。














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