「盛り上がってるかーいっ!?」
 イェーイッ!!
 ――白共くんのかけ声に合わせて、後ろで歓声が上がります。でもあたしはまたしてもそれに参加できません。くやしいです。くやしいです。くやしいです、けど、撮影役なんだから仕方ありません。あんまり画面がブレないようにしないといけませんから。本当は後ろのギャラリーに混じってわーとかきゃーとか言いたいですけど我慢です。
「ねーみっちゃん、もしアレだったら、撮影、代わるよ?」
 悶々としてる様子が伝わってしまったのでしょうか、ナエちゃんが心配そうに声をかけてきました。ギャラリーに混じりたいのも正直ありますけど、でもやっぱり撮影役を譲ろうという気持ちもなかったので、ごめん大丈夫だからと言って断りました。ナエちゃんにはちょっと申し訳ないです。
 本当はこの撮影役は放送部の子に任せてしまえば簡単だったんですが、それをわざわざあたしが買って出ているのにはわけがあります。もともとライブ模様を撮影して記録に残そうというのは漂くんの提案だったわけですが、そこには彼の個人的な事情があって――細川さん、いえ、阿由ちゃんにもこの映像を見せてあげられるようにしたい、ということでした。彼女のことについてはあたしも少なからずかかわっているので、少しでも力になれそうならと思い――その理由だけで、あたしは撮影役にこだわっているのです。
 目の前で歌っている漂くんと違って、あたしは映像の中では存在を主張できません。しかもギャラリーの熱狂にも加われません。実際やってみると、結構損な役回りだなあと思います――それでも、とてもとても重要な役割を担ってるんだという実感のおかげで、何というか、貢献度が高く思えてきます。特に、阿由ちゃんのために何かをという点ではすごく。あたしの撮った映像が阿由ちゃんのもとに、と言いますか。
 と言っても表向きは文化祭のメモリアル用の映像として残すことになってるので、あんまり漂くんばっかり映すわけにもいかない、というか漂くんだけっていうのもはっきり言ってもったいないです。彼の後ろには今、とてもとても心強いバンドメンバーが控えているわけですから。
 ギター、白共大士くん。サブボーカルも兼任してます。
 ベース、相川源くん。音は地味ですがメインステージより存在感を主張してます。
 キーボード、斉藤衣里華ちゃん。吹奏楽でのサックスとは全然印象違います。
 ドラム、湖島裕星くん。一番後ろで目立ちにくいですが、リズムの要、相川くんに代わる縁の下の力持ちです。
 ボーカル、咲良漂くんは彼らに支えられて初めて、舞台に立つことができるのです。
 五人全員のきらきらした姿を、あたしはきっちりとカメラに収めなくてはいけません――あぁ、なんかこの表現って青春っぽくていいですねぇ。
「まだまだ続くよー! じめって暑いからって倒れんなよー!!」
 ほとんど叫びに近い声で白共くんが呼びかけると、一層の歓声が上がりました――ぎゃーって、割れた声まで聞こえてきたのは気のせいでしょうか。その歓声にも負けない音で、彼の持つエレキギターが鳴り始めます。はっきり言ってメインステージの時よりものすごく派手です。
 あぁ、言い忘れてましたね。今は後夜祭、文化祭の中ではおまけのステージなんですが、軽音楽部はこっちのほうが本番なんです。いや、メインで手を抜いてたわけじゃないというのは撮影者として注意入れときますけど――でも後夜祭のほうが段違いで盛り上がってるのも事実です。
 ちなみに場所は体育館で、窓もカーテンも全部開けているのに、それでも暑いこと暑いこと――正しくは熱湯の熱いかもしれません。白共くんの言葉は半分くらいは本気の注意だと思います――が、もう半分はきっと盛り上がりを期待してのことなんでしょう。本当に熱くてたまらないですが、こんな汗ならいっぱいかきたいです。
 そんな熱気ムンムンの体育館の壇上で、五人が気持ちよくロックしてます。ギターが鳴り、ベースが支え、キーボードが響き、ドラムが叩かれ――最高潮の熱気にテンションを引っ張り上げられたのか、中央に立つ漂くんは跳びはねて走り回りながら、力の限りの叫び声でもって歌をうたってます。力が入りすぎて時々声が潰れてますが、それがまたロックっぽさを醸し出してます。
 でもあたしは撮影役だから熱気に乗せられずに冷静に見てられるんですけど、そんなに喉使っちゃって大丈夫ですか漂くん、とちょっと心配になりました。ただでさえ慣れてない場面なのに張り切りすぎですっていうか、彼、こうなると意外と自分の限界に気づかないで無理しちゃうタイプですから。
 ――心配になった次に、こんなことを思いました。無理して倒れて後で泣いても、それっくらいの力を出して今を盛り上げたほうが、本人もすっきりできるかもしれないし、見るほうに伝わるものもきっと大きいかもしれないと。力を使い切って、悔いが残らないようにして、精一杯やって。ああ、今回ばかりは無理しないでなんて言えません。むしろこういうことに力を使うのは大歓迎です。みんなで倒れれば怖くない――むしろそれは怖いですよねごめんなさい言い過ぎました。
 でも本当、倒れる人が出てもおかしくないくらい、体育館の中はすごい熱気がこもって、いや渦巻いていると言ってもいいでしょう。夏だからだけじゃなく、梅雨のじめじめした空気だからだけでもなく、壇上で演奏する五人が、そしてそれを聴いて盛り上がるあたしたちみんなが、ここにいるひとたち全員が、激しく高ぶった感情に合わせて熱気を放出しているのです。
 あたしは祈りました。みんな、熱さになんか負けちゃ駄目、むしろこの熱さとともに、最後までついていこうじゃないですか――その矢先。
「まだまだ行くぞーっ!!」
 飛んできた叫び声は、今まで主導してた白共くんじゃなく、漂くんのものでした。もう彼も完全にテンションメーターが振り切れてしまっているみたいです。声を割り、顔を紅潮させて、それはもう楽しそうに、壇上で暴れまわりながら歌っています。
 阿由ちゃんのため、というのを忘れたわけじゃありません。けれどもう単純に、こんな漂くんは滅多に見れない気がします。それを映像に収められる機会なんて、この先二度とないかもしれません。たぶん一度きりのチャンス――のがせません。
 あたしはカメラを持つ手に力を込めて、映る画面を凝視しました。今の彼の姿を、ほんの一瞬も漏らさないように。